田中正造が天皇に直訴した年 - 1901年(明治34年)

田中正造が天皇に直訴した年 – 1901年(明治34年)

記念すべき、20世紀の出発点でした。

田中正造1901年を象徴する人物はまさにこの人です。

田中 正造(たなか しょうぞう)衆議院議員です。

日本の公害・環境問題の原点といわれる足尾鉱毒事件の解決に生涯を捧げた人です。

代議士を辞任したこの年12月に、死を覚悟して天皇に直訴を行いました。

「お願いがございます」と叫びながら明治天皇の馬車に迫ろうとしましたが、警官に取り押さえられました。

政府は元国会議員の処置に困り、翌日「狂人」として釈放しました。

しかし、直訴事件は鉱毒反対の世論に再び火をつけ、当時の最大の社会問題となってしまったのです。

名主の家に生まれ、22歳のときに、領主の重税に反対して民衆の先頭に立って抗議運動を起こして、投獄されました。

「身も財産も犠牲にして公共のために尽くす」と、父に誓って政治家の道へ転身します。

明治維新ののちに県会議員を経て、1890年の第1回総選挙で衆院議員に当選しました。

その年、足尾銅山問題が起こるや、翌年の第2回国会で政府に対策を迫り、質問状を出すなど、さまざまな手段を講じました。

しかし、請願運動に対する県や国の対応は、政治への絶望感を抱かせただけです。

直訴後は地元に戻り、農民とともに闘い続けました。

亡くなったとき、かたわらには「大日本帝国憲法」と「マタイ伝」(聖書)が置かれてありました。

栃木県生まれ(1841~1913年)。

1901年の主な出来事。

■事件/東京帝国大第2病院焼失、患者20人焼死。東北八戸地方大地震

■世相/東海道線急行列車に食堂車。東京で炊事用にガス使用。男物洋日傘。浪花節・女義太夫流行

■企業/帝国石油設立

■軍事/大阪砲兵工廠で初めてニッケル鋼製造。宮原汽罐採用

■文化/日本点字完成。京浜電気鉄道開通。山陽鉄道線京都-赤間関(下関)間全通。生糸産額世界一

■教育/高等学校医学部が医学専門学校となる。東京・大阪工業学校が高等工業学校に昇格

■宗教/村上専精「仏教統一論」

■厚生/日本婦人科学会創立

■女性/羽仁もと子、報知新聞記者となる

■文芸/徳富蘆花「思出の記」。高山樗牛「美的生活を論ず」。正岡子規「墨汁一滴」。与謝野晶子「みだれ髪」。恋愛詩歌流行

■美術/東京女子美術学校開校。太平洋画会創立

■音楽/ドブラヴィッチ、宮内省楽部の音楽教師に就任。青年倶楽部(演歌師の活動本部)解散。「音楽の友」「中学唱歌」「幼稚園唱歌集」「新選国民唱歌」刊。はじめて平円盤レコード製作

■スポーツ/不忍池畔12時間長距離競走。100メートル競走

■新聞/「北海タイムス」創刊。電報通信社(のちの電通)創立

■出版/波多野精一「西洋哲学史要」。清沢満之「精神主義」。幸徳秋水「廿世紀の怪物帝国主義」。片山潜・西川光次郎「日本之労働運動」。中江兆民「一年有半」「続一年有半」。工藤武重「帝国議会史」。「大日本古文書」、「大日本史料」刊行

■歌謡/荒城の月。箱根八里。うさぎとかめ。おおえやま。花咲爺。鳩ぽっぽ。お正月。アムール川の流血や。春爛漫の花の色

■流行語/20世紀。社会主義。七重の膝を八重に折り。どんちょう内閣。

1901年とはどんな年であったのか。

1895年、初の対外戦争で大国・清に勝ち朝鮮に足場を築いた日本は、北清事変では1900年の英・米・独・露・仏などからなる連合軍の主力として出兵、列強の一員として認められるに至りました。

1901年3月、事変の軍費補充のための増税案が天皇の詔勅で成立しました。

一方、ロシアは事変解決後も大軍を満州にとどめたままで、朝鮮での利権が失われることを恐れた日本は英国と結んでこれに対抗しようとし、12月、政府は同盟締結を決定したのです。

1901年(明治34年)

英国ビクトリア女王の死去を伝えた1901年1月24日の記事

英国ビクトリア女王の死去を伝えた1901年1月24日の記事

1.1 オーストラリア連邦成立

1.1 慶応義塾で午前0時、19・20世紀送迎会を開催

1.7 ロシア公使、列国保証のもとに韓国の中立化を提案(1月23日珍田駐露公使、満州からの露軍撤退が先決と回答)

1.11 愛国銀行支払い停止(東京・横浜地方の銀行に取り付け騒ぎ頻発、銀行の休業続出)

1.22 台湾製糖株式会社設立

1.22 英ビクトリア女王死去、82歳。エドワード7世が王位継承

1.23 桑名百二十二銀行支払い停止、名古屋の銀行界混乱

1.26 政府、北清事変戦費・建艦費補充などのための増税案(酒税・砂糖税・海関税)を衆議院に提出

2.3 内田良平ら、黒竜会を創立

2.3 福沢諭吉死去、66歳

2.4 憲政本党代議士会、増税案に賛成

2.5 官営八幡製鉄所第1高炉火入れ

2.16 ロシアが満州・蒙古・中央アジアにおける権益の独占、北京への鉄道敷設権などを清国に要求

2.18 憲政本党の増税案反対代議士ら、三四倶楽部を結成

2.19 衆議院、増税案修正可決

2.24 奥村五百子ら、愛国婦人会結成、3月2日創立会を開く。兵士・家族救護活動が目的

2.27 貴族院6派、増税案反対を決議。政府、議会を10日間停会

3.4 日・英・ドイツ・オーストリア・イタリア・米の6国、満州に関する露清密約について清国に抗議

3.6 ロシア、清国に協約調印を要求

3.8 山県有朋ら4元老、増税問題で貴族院各派と交渉、調停不成立

3.10 英国、露清協約問題で対露抗議

3.12 貴族院へ増税案成立を命ずる詔勅下る

3.16 貴族院、増税諸案を可決

3.16 田中正造、政府の足尾鉱毒事件黙過を痛撃

3.23 フィリピンの抗米闘争指導者アギナルド、米軍に逮捕される

3.25 司法官増俸予算削減に抗議して東京地裁・区裁、判検事29人が辞表提出、千葉・水戸地裁にも波及、27日16人が懲戒免官

3.30 増税のための法改正のうち、酒造税法改正、麦酒税法・砂糖消費税法公布(10月1日施行)、関税定率法及び同法付属輸入税表中改正(10月1日施行)

4.3 二六新報主催の第1回労働者大懇親会、東京・向島で開催、参会者3万人余

4.6 滝廉太郎、ドイツ留学に出発(病気のため1902年10月帰国)

4.12 ロシア、列国の抗議で露清密約の撤回を清国政府に通告

4.13 涜職法公布。議員などの贈収賄に罰則を定める

4.15 渡辺国武蔵相の1902年度以降の非募債・政府事業繰り延べの緊縮予算案をめぐり閣内対立

4.16 大阪第七十九銀行、難波銀行支払い停止、中部地方以西に金融恐慌波及

4.20 成瀬仁蔵ら、日本女子大学校開校

4.24 山県有朋、日英独3国同盟の推進を提言

4.29 皇孫裕仁誕生(のちの昭和天皇)

5.2 伊藤博文内閣総辞職、渡辺蔵相は辞職せず(3日辞職)

5.13 北浜銀行取り付け、大阪銀行界に再び不安

5.16 井上馨に組閣命令、渋沢栄一の蔵相就任不賛成で23日辞退

5.18 安部磯雄、片山潜、幸徳秋水、木下尚江、西川光二郎、河上清ら、社会民主党結成、20日禁止

5.26 東亜同文書院を上海に設立

5.27 山陽鉄道、神戸-馬関(下関)間全通

5.29 警視庁、「車夫・馬丁」らのはだしを厳禁、ペスト予防と風俗改善のため

5.29 清国、列国要求の義和団事件賠償額総計4億5000万両を受諾

6.2 桂太郎内閣成立

6.3 社会平民党結社届出、即日禁止

6.16 清国の革命家・孫逸仙(孫文)、日本に亡命

6.21 星亨、東京市役所で刺殺される、52歳

6.25 京釜鉄道会社設立

7.1 ノーベル賞創設

7.3 澎湖島馬公を要港に指定

7.4 米国、フィリピンの民政移行を発表、初代民政長官にタフト

7.15 福岡県岩崎炭坑で浸水、坑夫69人溺死

7.15 高峰譲吉、アドレナリンの特許を取得

7.20 黒岩涙香、理想団を結成。人心を改善し理想社会を目指す運動

7.25 東京市、路上の見世物を禁止

7.31 北京の列国駐屯軍撤兵開始、9月17日撤退完了、ただし公使館護衛兵2000余名残留

8.20 韓国・永登浦で京釜鉄道(京城-釜山)起工式

8.- 桂内閣、米国で外債6000万円募集を計画、10月起債不可能となる

8.- 米価暴騰、全国の米穀取引所売買を停止

9.4 曽禰荒助蔵相、全国地方長官に銀行設立は資本金50万円以上の方針を指示

9.6 米大統領マッキンリー狙撃される(14日死亡)

9.7 北清事変講和議定書(辛丑条約)調印。北清要地の占領、賠償金4億5000万両の支払い

9.10 大日本労働団体連合本部結成

9.14 米国大統領にセオドア・ルーズベルト副大統領が就任

9.18 伊藤博文、欧米(ロシアを含む)歴訪に出発

9.21 外相に小村寿太郎任命

9.- 内田良平ら、日露協会を組織して開戦論を主張

10.7 経済人・中上川彦次郎死去、47歳

10.7 九州地方に暴風雨。長崎県五島沖で鶴彦丸沈没、48人溺死

10.14 東清鉄道竣工(中国東北部。11月4日より運転開始)

10.23 田中正造、足尾鉱毒事件で衆議院議員を辞職

10.24 米国での外債募集不成立の経緯を新聞が暴露し、株式相場暴落

10.27 台北に台湾神社創建

11.6 英外相、日英同盟草案を林董公使に手交、28日閣議で修正案を決定

11.7 清国政治家・李鴻章死去、78歳

11.18 八幡製鉄所作業開始式

11.18 米国、パナマ運河の建設・管理権を獲得

11.27 伊藤博文、ロシア外相ラムスドルフと会見

11.28 工事中の京浜電鉄沿道の人力車夫、会社に開通延期を申し入れ

12.3 日本赤十字社条例公布

12.4 伊藤博文、日露協定案を外相ラムスドルフに提出、23日対露交渉打ち切り通告

12.7 元老会議で日英同盟修正案を可決

12.10 第16回帝国議会開会

12.7 慶応義塾ラグビーチーム、横浜外人と初の国際試合

12.10 田中正造、足尾鉱毒事件について議会開院式帰途の天皇に直訴

12.13 中江兆民死去、54歳

12.20 木下尚江、田中正造ら、本郷中央会堂で足尾鉱毒地救助演説会を開催

12.25 政府・政友会、清国償金の予算編入について妥協成立

12.- 普通銀行本店数ピークに達する(1867行)

ようやく20世紀が幕を開けました。

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました。

次の年

正岡子規が没した年 - 1902年(明治35年)
文化人でありながら、革命家と言えるような人でありました。俳句・短歌の革新を行い、この年9月、34年の生涯を閉じました。正岡子規(まさ...

この記事を気に入ってくれた方に、次の記事をおすすめします。

戦争へと傾く日本 - 1903年(明治36年)
内村鑑三は公然と、戦争反対の意思を表しました。彼は思想家であり、キリスト教伝道者でした。真の信仰の立場から聖書にのみもとづく「無教会...
与謝野晶子が著した反戦の詩 - 1904年(明治37年)
日露戦争開戦の年、歌人、与謝野晶子は、反戦詩として有名な「君死にたまふこと勿れ」を「明星」9月号に発表しました。さすがに「逆賊」との非難...
夏目漱石が吾輩は猫であるを著した年 - 1905年(明治38年)
吾輩は猫である。名前はまだ無い。有名な書き出しで始まる夏目漱石のこの小説は、この年、高浜虚子の主宰する「ホトトギス」に10回連載したあと...
ダイエットに関するおすすめの記事です。

人生に必要なのは、スリムなスタイルだけではありません。

シャープな頭脳も必要不可欠です。自信は人間にとって、もっとも重要な栄養分です。ぜひ、成功体験を味わうことから始めてほしいと思います。

ダイエットに興味がある方は、読むだけで行うダイエットをおすすめします。

読むだけで痩せる方法
普通の痩せる方法とは、一味も二味も違います。他のダイエットと組み合わせても、効果を発揮します。もちろん、単独の痩せる方法としても、有...
読むだけでリバウンドしない方法
リバウンドしない方法としては、もっとも簡単で効果的なダイエットです。ただし一般的な外からのダイエットとはまるで、違います。読むだけで...

ただしこれらの方法は、本格的なものです。それゆえに原稿も長く、たとえ読むだけにしても、結構、時間がかかります。そのかわり、見返りも大きいわけですが。

スポンサードリンク

カテゴリー「痩せたいのか、痩せたくないのか」にもいろいろあります。

もしこの記事を気に入って頂けましたら、はてなブックマークやツイッター、facebookなどでシェアーをお願い致します。 皆さまのシェアが非常にはげみになります。

tumblrへの投稿