正岡子規が没した年 - 1902年(明治35年)

正岡子規が没した年 – 1902年(明治35年)

文化人でありながら、革命家と言えるような人でありました。

正岡子規俳句・短歌の革新を行い、この年9月、34年の生涯を閉じました。

正岡子規(まさおか しき)は、俳人であり、歌人です。

前年から病床にあり、無二の親友、夏目漱石にあてた最後の手紙には「僕ハモーダメニナツテシマツタ。毎日訳モナク号泣シテ居ルヤウナ次第ダ(略)」と書いてありました。

しかし不屈の意志をもって死の直前まで作歌・評論につとめ、その後の近代俳句、短歌史に大きな影響を与えました。

松山中学中退後、上京して大学予備門に入学。漱石と出会い、俳句・短歌の実作に入ります。

1889年に喀血し、血を吐くまで鳴くといわれるホトトギスの異名「子規」と号するところが、正岡子規らしい反骨です。

1895年、最初の評論集『獺祭書屋俳話』を刊行しました。

子規の下には松山中学の後輩、河東碧梧桐、高浜虚子をはじめ多くの知識人が集まり、俳壇の中心勢力となります。

同年、日清戦争に従軍記者として赴き、病が悪化、帰国後、長い病床生活に入りました。

1897年、俳誌「ホトトギス」を松山から東京に移し、虚子が編集にあたります。同年、「歌よみに与ふる書」を発表しました。

このころ、子規の家で毎月文章会が開かれ、漱石の『吾輩は猫である』の第1回もここで朗読されました。

愛媛県生まれ(1867~1902年)。

1902年の主な出来事。

■事件/北海道西海岸に大風波、漁民200余人溺死

■世相/児童就学率90%を超す。東京・牛込で自動車学校創立。上野動物園に雌雄のライオン。インバネス・パナマ帽・婦人ひさし髪流行。毛皮襟巻・腕時計の使用始まる

■企業/大日本蚕糸会創立

■軍事/英で建造の戦艦三笠、横須賀到着。佐藤鉄太郎「帝国国防論」刊

■文化/川崎造船初の外国船建造。筑波山気象観測所設立。大橋図書館開設。大谷光瑞、中央アジア探検。郵便博物館公開

■教育/高等商業学校は東京高等商業学校(のちの商科大学)と改称。神戸高等商業学校、京都高等工芸学校、盛岡高等農林学校創立

■宗教/神社協会創立

■科学技術/興津に農事試験場園芸部(のちの園芸試験場)設置。短床犁が出現

■厚生/第1回日本連合医師会開催

■女性/三輪田女学校・戸板裁縫女学校設立

■文芸/小杉天外「はやり唄」。田山花袋「重右衛門の最後」。綱島梁川「悲哀の高調」。黒岩涙香訳「噫無情」

■美術/太平洋画会第1回展覧会。「美術新報」創刊。関西美術会設立

■音楽/東京音楽学校演奏会「未完成」演奏。東音・東京帝国大有志「歌劇研究会」創立。「新編中等唱歌集」刊

■芸能/能楽倶楽部結成

■スポーツ/東京女子体操音楽学校創立。卓球紹介される

■出版/「労働世界」創刊。矢野文雄「新社会」。桑木厳翼「西洋哲学史要」。煙山専太郎「近世無政府主義」。穂積陳重「五人組制度」。金井延「社会経済学」

■歌謡/演歌四季の歌。書生節。鳴呼玉杯に花うけて。ワシントン

■流行語/非戦。

1902年とはどんな年であったのか。

ロシアの極東進出に対抗するため、日英の利害が一致して1月、日英同盟が締結されました。ロシアは4月、露清条約を結び、10月に第1次撤兵を行いました。

桂内閣は、海軍力拡張案を議会に提出、財源には地租増徴継続を充てることにします。

しかし、内閣と政友会との交渉は不調に終わり、逆に政友会と憲政本党とが歩調を合わせたため、政府の提案は予算委員会で否決、本会議に送付されましたが、政友会幹部との協議は妥協に至らず、12月衆議院を解散するに至りました。

1902年(明治35年)

日英同盟成立を伝えた1902年2月13日の記事

日英同盟成立を伝えた1902年2月13日の記事

1.19 東亜同文書院、東京で創立式

1.23 青森歩兵第5連隊第2大隊の210人、八甲田山の雪中行軍で遭難、199人死亡

1.30 日英同盟協約、ロンドンで調印、即日実施(2月12日公示)

1.- シベリア鉄道、ウラジオストク-ハバロフスク間開通

2.4 木村栄、緯度変化に関するZ項の発見を発表

2.7 北清事変中の日本軍人による馬蹄銀横領事件で第5師団長・山口素臣以下家宅捜索される(5月13日、第11連隊長・粟屋幹ら停職に)

3.15 「二六新報」主催の日本労働者大懇親会(4月3日開催予定)禁止

3.17 鉱毒調査委員会官制公布

3.22 労働者大懇親会禁止に抗議の政談演説会を神田錦輝館で開催。幸徳秋水、花井卓蔵、木下尚江、安部磯雄らが演説

3.25 商業会議所法公布(7月1日施行)

3.27 日本興業銀行設立(4月11日開業)

3.30 福井市で大火、焼失3200戸

3.31 川崎造船所、社債100万円を浪速銀行引き受けで発行(翌年にかけて大口の社債発行激増)

4.5 骨牌(かるた)税法公布(7月1日施行)

4.8 満州還付に関する露清条約調印。ロシア、3期に分けて18カ月以内に満州からの撤兵を約束

4.10 宮崎民蔵、土地復権同志会創設

4.14 清韓協会設立。幹事長・渋沢栄一、幹事・益田孝、近藤廉平

4.15 ロシアで内務大臣の秘密警察長官が左翼革命主義者に暗殺される

4.19 小松宮彰仁親王、英国皇帝戴冠式参列のため東京出発

4.24 京義鉄道(京城-新義州)起工式。1906年開通

4.27 国民同盟会、露清間の満州還付条約調印により解散

5.2 青森県黒石町で労働者大懇親会、労働組合の設立を決議

5.8 台湾島民を日本国籍に編入

5.8 仏領マルチニク島で火山爆発、死者約2万9000人

5.12 北海道夕張で大日本労働至誠会結成

5.17 韓国と馬山日本専管居留地取極書を調印

5.20 第一銀行、韓国釜山支店で銀行券発行、続いて仁川、京城支店でも

5.20 キューバ共和国成立

5.31 馬関を下関と改称

5.31 プレトリア条約調印。南アでのボーア戦争終わり、トランスバール・オレンジ両国、英植民地となる

6.3 取引所令改正(7月1日公布)で市場全国的に混乱

6.6 取引所令改正の影響で東京株式市場大暴落、立ち会い停止(18日再開)

6.14 義和団賠償金分配に関する議定書調印、日本の受領額は約4600万円

6.14 台湾糖業奨励規則・同施行細則公布

7.1 大日本綿糸紡績同業連合会、第4次操業短縮を開始、12月31日まで実施

7.3 東京の主要6銀行、初めて預金利率の任意的協定を実施

7.4 米大統領セオドア・ルーズベルト、フィリピン平定完了を宣言

7.9 文部省、学校生徒の同盟休校などに対し厳重な取り締まりを訓令

7.15 呉海軍造兵工廠職工5000余人同盟罷業、軍隊出動し鎮圧(18日まで)

7.18 西郷従道死去、59歳

7.19 砲兵工廠職工扶助令公布(9月1日施行)

7.28 米、仏からパナマ運河会社の権利を買収

8.1 不作のため期米相場高騰

8.7 南鳥島の主権、日本に帰属

8.9 鳥島爆発、在島の125人全員死亡

8.10 第7回衆議院総選挙、政友会が過半数獲得

8.14 東京小石川砲兵工廠職工、賃下げ反対で同盟罷業(18日まで)

8.15 大阪砲兵工廠内火薬庫爆発、死傷100余人、人家240戸に被害

8.25 富士紡績、絹糸、紡績糸を米国に輸出。日本の絹・紡績糸対米輸出の始まり

9.2 東京専門学校、早稲田大学と改称

9.15 第一生命保険相互会社設立

9.19 正岡子規死去、34歳

9.22 海軍練習艦「筑波」の水兵70人が暴動を起こし軍法会議に

9.24 東京・神田の社会主義演説会、弾圧される

9.28 関東各地に大暴風雨、被害甚大

9.30 神戸米穀肥料市場開設許可

10.1 宮崎滔天、新体浪花節〈桃中軒〉を組織、神田錦輝館で興行

10.2 閣議、小村寿太郎外相要求の清韓事業経営費(479万円)支出を決定

10.2 香港上海銀行、興銀から譲り受けの5分利付き公債5000万円を売り出し

10.6 横浜にペスト患者発生。12月24日東京にも

10.7 興銀、ロンドン市場で初めて公債を売り出す。初の外資導入へ

10.8 ロシア、第1次満州撤兵実行(以後実行せず)

10.14 東清鉄道、正式運転開始

10.28 政府、地租増徴継続案および海軍拡張案を閣議で決定

11.1 仏伊協商成立、他国との交戦に中立を約束

11.1 税務署官制公布(11月5日施行)、専売局官制改正公布

11.9 外国郵便規則制定

11.14 全国農事会総会で地租増徴継続反対を決議

11.19 大阪府中河内郡鴻ノ池新田の農民300人、小作料引き下げを要求、暴動化

11.24 伊藤博文、山県有朋を訪ね海軍拡張財源を地租増徴に求めることを不可とし、政府に勧告しようとして拒否される

12.1 政友会総裁・伊藤博文、政府に地租継続反対を申し入れ

12.2 河野広中ら、東北同志大会を東京で開催、地租増徴継続反対など決議

12.3 政友会総裁・伊藤博文、憲政本党総裁・大隈重信と会見、両党の提携成立

12.4 政友会・憲政本党各大会、海軍拡張是認・地租増徴継続反対を決議

12.11 政府、海軍拡張案と地租増徴継続案を衆議院に提出

12.16 衆議院特別委員会、地租増徴継続案否決。政府、5日間議会停会

12.17 教科書疑獄事件、検挙始まる

12.20 政府、議会を7日間再度停会

12.24 高山樗牛死去、31歳

12.25 桂太郎首相、政友会・憲政本党領袖と会見、妥協不成立

12.28 政府、衆議院を解散

強さと未成熟な部分とが混在しているような国家でありました。

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました。

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