戦争へと傾く日本 - 1903年(明治36年)

戦争へと傾く日本 – 1903年(明治36年)

内村鑑三は公然と、戦争反対の意思を表しました。

内村鑑三彼は思想家であり、キリスト教伝道者でした。

真の信仰の立場から聖書にのみもとづく「無教会主義」を唱えました。

そして内村鑑三の思想は、知識人や青年たちに深い影響を与えたのです。

この年、日露戦争へと傾く世論に反対し、幸徳秋水や堺利彦らとともに、非戦論を主張して「万朝報」を退社します。

以後、自宅で活発な聖書研究会を開き、伝道・研究・著述生活に入りました。

内村鑑三は、上州高崎藩士の子として東京の藩邸で生まれ、札幌農学校(現・北海道大)2期生であり、新渡戸稲造らと同期でした。

直接には教えを受けていませんが、クラークの感化でキリスト教徒となったのです。

渡米し、アマースト大学などで学びました。

帰国後、教育者となりますが、一高講師のとき、天皇署名の教育勅語への敬礼を拒否した「不敬事件」によって、辞職に追い込まれました。

このころから著作活動に入り、『基督信徒の慰め』などを著します。1897年に「万朝報」に招かれ、1901年、足尾銅山鉱毒事件について連載し、その実態を世間に訴えました。

社会改良を目指し、社内の有志と「理想団」を結成します。ひたすら聖書を読み、終生聖書への帰依を説いてやみませんでした。

東京都生まれ(1861~1930年)。

1903年の主な出来事。

■事件/東北地方大飢饉

■世相/京都山科運河に初の鉄筋コンクリート橋。東京魚河岸で冷蔵庫使用。新橋駅に女子出札係。大阪で乗合自動車開業。シンガーミシン輸入。米国から初めてオートバイ輸入。シルクショール流行。経木真田帽普及。浅草で初めてイルミネーション点火

■企業/品川白煉瓦設立。釜石製鉄所圧延機設置

■軍事/31年式山砲配備完了。呉工廠、製鋼工場竣工

■文化/東京・大阪に市電開通。言文一致会成立。東京・築地で初のポイント式活字鋳造。3色印刷始める。電気時計発明

■教育/東京帝国大で初の社会学研究会開催。明治法律学校、明治大学と改称。和仏法律学校、法政大学と改称。日本法律学校、日本大学と改称

■科学技術/中央度量衡器検定所設立。長岡半太郎、原子模型を発表

■厚生/日本内科学会創立

■女性/実修女学校(のちの山脇女学校)設立

■文芸/小杉天外「魔風恋風」。菊池幽芳「乳姉妹」。幸田露伴「天うつ浪」。児玉花外「社会主義詩集」

■美術/横山大観、菱田春草渡英。第1回南画展覧会。橋本雅邦「二葉会」設立

■音楽/プロテスタント各派、賛美歌を統一出版。歌劇研究会、歌劇「オルフォイス」上演。東京音楽学校「カルメン組曲」演奏。「音楽」創刊。「少年唱歌」第1集刊。言文一致唱歌普及。滝廉太郎死去、23歳

■芸能/川上音二郎「オセロ」翻案上演。お伽芝居上演。「不如帰」上演

■映画/初の映画常設館・浅草電気館。拳闘映画、魔術映画輸入

■スポーツ/早慶野球開始。六甲ゴルフ場開場

■出版/科学教育雑誌「理学界」創刊。「少年」創刊。「家庭雑誌」「家庭の友」(1908年「婦人の友」と改題)創刊。幸徳秋水「社会主義神髄」。小野塚喜平次「政治学大綱」。坪井九馬三「史学研究法」。片山潜「我社会主義」。岡倉覚三「東洋の理想」。農商務省「職工事情」

■流行語/人生不可解。煩悶。巌頭の感。アジアは一つなり。恐露病。

1903年とはどんな年であったのか。

4月にロシアが第2次撤兵を実行しなかったことで、日本の対ロシア警戒心が強まっていきました。

満州からの撤兵と日本の朝鮮における優越をロシアに認めさせることを主眼に、対露交渉が7月に始まりましたが、ロシアの回答は満足できるものではありませんでした。

対露同志会などの対露強硬論に新聞・雑誌が同調、万朝報も開戦論に転じ、12月、衆議院議長が勅語奉答文で政府を弾劾したことで議会は解散し、政府は開戦に向かって戦争の準備を急いだのでした。

1903年(明治36年)

政府弾劾可決を伝えた1903年12月11日の記事

政府弾劾可決を伝えた1903年12月11日の記事

1.22 桂太郎首相、増租問題で伊藤博文訪問

1.25 閣議で増租継続案撤回、海軍拡張費は鉄道建設費繰り延べで充当と決定

2.1 中央線笹子トンネル開通

2.16 ロシア、韓国に京義鉄道敷設権を要求、20日韓国が拒否

2.22 伊藤博文、山県有朋、桂首相、山本権兵衛海相、平田東助農商務相、曽禰荒助蔵相ら会合、政府の財政計画めぐり妥協内約

3.1 第8回衆議院総選挙。政友会圧勝

3.1 第5回内国勧業博覧会、大阪市今宮で始まり大人気

3.20 監獄官制公布

3.21 農商務省収賄事件検挙始まる

3.26 専門学校令公布(4月1日施行)

4.1 東京・大阪両市に中央郵便局・中央電信局設置

4.8 ロシア、第2次満州撤兵不履行

4.8 旧国民同盟会有志、対外硬同志大会開催

4.8 万朝報で黒岩涙香、内村鑑三、幸徳秋水、堺利彦ら非戦論展開

4.13 国定教科書令公布(1904年4月1日施行)

4.18 ロシア、清国に満州撤兵の条件として新たに7項目の要求を提出

4.19 ロシア・キシニョフで大規模なユダヤ人迫害事件発生、多数のユダヤ人が米国に逃れる

4.20 小村寿太郎外相、清国に満州撤兵に関するロシアの新要求拒絶を勧告するよう駐清公使に訓令

4.21 京都無隣庵で山県、伊藤、桂、小村ら、対露方針を会議

4.25 政友会総務ら、伊藤総裁と政府との妥協案を承認

4.26 秋田県横手町で大火、焼失1200戸

4.27 清国、ロシアの新要求を拒絶

5.- ロシア、韓国龍岩浦に軍事根拠地の建設を始める

5.14 長崎三菱造船所同盟スト(19日まで)

5.19 衆議院特別委員会、地租増徴継続案否決

5.21 政府、議会を3日間停会。尾崎行雄、政友会議員総会で伊藤の妥協に反対、22日脱会声明、23日脱党

5.21 第一高等学校生徒・藤村操、「巌頭の感」の一文を残し日光華厳滝に投身自殺(以後模倣者続出)

5.23 伊藤、政友会議員総会で再度妥協を説得、24日妥協成る

5.25 政府、地租増徴継続案を撤回

5.27 衆議院、憲政本党の内閣弾劾上奏案を否決(228対123)

5.30 衆議院、海軍拡張案を可決

5.- ロシア、満州に兵力増強

5~6月 政友会、脱会者続出して動揺

6.1 東京日比谷公園開園式

6.12 ロシア陸相クロパトキン来日、13日天皇に謁見

6.13 ロシア、鴨緑江木材会社を設立。責任者ベゾブラーゾフ

6.16 フォード自動車会社(米)設立

6.23 御前会議、日露交渉開始を決定

6.24 東京帝国大教授・戸水寛人、小野塚喜平次ら7博士、対露強硬意見を東京朝日新聞に発表

7.1 桂首相、辞表提出、2日却下

7.1 ロシアによる東清鉄道全線完成

7.7 英国軍、チベットに侵入

7.13 伊藤博文、枢密院議長に就任

7.14 カフカスとロシア南部工業地帯でゼネスト(8月27日まで)

7.15 西園寺公望、伊藤の推薦により後継政友会総裁就任

7.20 韓国、露国森林会社の龍岩浦土地租借を許可し協定書に調印

7.21 政府、足尾鉱山に鉱毒除去を命令

7.26 近衛篤麿、頭山満ら、対外硬同志会結成、8月9日対露同志会と改称

7.30 ロシア社会民主労働党、ボリシェビキとメンシェビキに分裂

8.12 駐露公使・栗野慎一郎、日露商議の基礎条件提出、10月3日ロシア拒否

8.12 ロシア、極東総督府新設、総督に関東軍司令官アレクセーエフを任命

8.22 東京電車鉄道会社、新橋-品川間電車運転開始(東京最初の電車運転)

9.14 対露同志会代表、桂首相に警告書手交

9.22 東京駐在露国公使ローゼン、日露交渉に関し極東総督アレクセーエフと打ち合わせのため旅順に出発

10.1 韓国中央銀行創立総会

10.5 対露同志会全国大会開催

10.6 小村・ローゼン第1回会談

10.8 社会主義協会主催の非戦大演説会、神田青年館で開催

10.8 ロシア、第3次満州撤兵不履行、奉天省城を占領

10.12 万朝報が開戦論に転じ、幸徳秋水、堺利彦、内村鑑三ら退社

10.16 対露同志会、対露建白書を桂首相、山本海相、児玉内相に交付

10.19 東郷平八郎、常備艦隊司令長官に就任

10.29 仏、清国と雲南鉄道敷設協定

10.30 小村・ローゼン第5回会談。日本政府、確定修正案を手渡しロシアの再考を求める

10.30 貴衆両院議員、府・市会議員、実業家懇親会を開催、開戦に一致

10.30 尾崎紅葉死去、35歳

11.1 京仁・京釜両鉄道会社合併

11.1 梅ケ谷藤太郎、常陸山谷右衛門が横綱に

11.3 パナマ、米軍艦の援助でコロンビアから独立、共和国を宣言

11.15 幸徳、堺ら平民社設立、週刊「平民新聞」創刊

11.18 米、パナマから運河両岸一帯を永久租借

11.21 第1回早慶対抗野球試合、三田綱町の慶応グラウンドで開催

11.22 東西連合新聞記者大演説会が大阪中之島公会堂で開かれ、対露強硬論を主張

12.1 政友会院外団発会式

12.3 政友会と憲政本党との提携声明

12.5 特許局官制公布

12.6 秋山定輔、大竹貫一ら交友倶楽部結成

12.10 第19回帝国議会開会

12.10 衆院議長・河野広中、勅語奉答文で政府弾劾、可決される

12.11 衆議院解散

12.16 対露同志会、対露強硬意見を捧呈

12.17 ライト兄弟、初の動力飛行に成功

12.21 林有造、小田貫一ら、自由党結成

12.28 戦時大本営条例改正・軍事参議院条例公布

12.28 連合艦隊を編成、司令官・東郷平八郎

12.28 イタリアで竣工のアルゼンチン国軍艦2隻を日本、152万ポンドで購入

12.30 閣議、日露戦争勃発の際の対清・韓方針決定。清国には中立を維持させ、韓国は支配下におくとする

どんどん世論が極端な方向へ傾く様は、現代の日本と重なる部分があるかもしれません。 最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました。

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