大正デモクラシーの先駆者、吉野作造が活躍 - 1916年(大正5年)

大正デモクラシーの先駆者、吉野作造が活躍 – 1916年(大正5年)

吉野作造(よしの・さくぞう)は、政治学者であり、評論家でもありました。

吉野作造大正デモクラシーの先駆者で、「民本主義」という考え方を用いて、政治の民主化を図ろうとしました。

東京帝国大教授だったこの年、「中央公論」1月号に発表した政治論文「憲政の本義を説いて其の有終の美を済すの途を論ず」のなかで、民主主義の政治理念を明らかにし、大正デモクラシーに理論的基礎を提供したのです。

吉野作造は、綿糸綿布製造業の長男として生まれました。父の考えもあり、商家の長男としては珍しいほど学問をさせられます。

二高在学中にキリスト教に入信し、東京帝国大学時代は本郷教会で機関紙「新人」の編集に参加しました。卒業後、袁世凱の息子の家庭教師として清国へ渡ります。

帰国後に東京帝国大の助教授に採用され、翌年、渡欧しました。欧米留学で西欧の生きた政治を実感します。

帰国後に「中央公論」誌上で、普通選挙制度を基礎とする政党内閣制度を唱導し、軍部を中心とする保守勢力と果敢な論争を展開しただけではなく、朝鮮同化政策への強い疑念を示しました。

右翼から攻撃を受けましたが、学生や知識人の圧倒的な支持を得ることができました。1926年には社会民衆党結成の産婆役を務めるなど、社会民主主義の運動に貢献したのです。

宮城県生まれ(1878~1933年)。

1916年の主な出来事。

■事件/女流飛行家スチンソン来日。函館大火

■世相/うどん・そば(もり・かけ)4銭。カフェー女給のエプロン姿出現。南洋新領土の母国観光団来日

■企業/日本染料製造、東京菓子(のちの明治製菓)、満州鞍山製鉄所設立

■軍事/艦載機の研究開始

■文化/京都哲学会成立

■宗教/仏教連合会成る(懇話会を改称)

■科学技術/逓信省船用品検査所(のちの船舶試験所)設立。塩見理化学研究所設立

■厚生/石原忍、色盲検査表を考案

■女性/黒田チカ、東北帝大卒業(最初の女性理学士)

■文芸/森姐外「渋江抽斎」。夏目漱石「明暗」。永井荷風「腕くらべ」。長与善郎「項羽と劉邦」。芥川龍之介「鼻」。中条百合子「貧しき人々の群」。倉田百三「出家とその弟子」。白樺理想主義文学全盛。歴史小説続出

■美術/鏑木清方ら金鈴社結成

■音楽/帝劇洋劇部解散。ローシー、赤坂ローヤル館で歌劇興行

■芸能/石井漠らの新舞踊。正派西川流創始。市村座「棒縛り」初演

■映画/忍術映画「自来也」。日活京都大将軍撮影所完成

■スポーツ/第1回東西対抗陸上競技大会。青年陸上競技大会。10マイル断郊競走。第6回オリンピック(ベルリン)、世界大戦で中止

■出版/「新思潮」(第4次)「文章倶楽部」「面白倶楽部」「婦人公論」「哲学研究」創刊。津田左右吉「文学に現はれたる我が国民思想の研究」(第1冊)。朝永三十郎「近世に於ける『我』の自覚史」

■流行歌/新磯節。君よ知るや南の国

■流行語/民本主義。秉公持平(へいこうじへい)内閣。是々非々。忍術。

1916年はどんな時代であったのか。

予算審議で、連合国への兵器売却問題を追及するなど、貴族院の反大隈感情は明らかになりした。

5月、枢密顧問・三浦梧楼の斡旋で開かれた加藤・原・犬養の3党首会談は政党勢力の大同団結のもと、挙国一致の体制をつくり、重要政策を打開しようとするものでしたが、外交・国防について協力を確認するにとどりました。

10月、大隈内閣は総辞職し、後継は予定通り寺内に決まり官僚派が入閣します。

同志会、中正、公友の3派が合同して憲政会を組織し、議会勢力の再編を図りました。

1916年(大正5年)

葉山日蔭茶屋事件について伝えた1916年11月10日の記事

葉山日蔭茶屋事件について伝えた1916年11月10日の記事

1.1 ドイツ社会民主党を除名されたカール・リープクネヒトとローザ・ルクセンブルクを中心にスパルタクス団(のちの独共産党)結成

1.1 袁世凱、皇帝を称して洪憲元年とする

1.12 ロシア皇帝名代ゲオルギー・ミハイロウィッチ大公東京着、13日山県有朋を訪問、ロシアへの兵器供給を依頼

1.12 福田和五郎ら、排袁を要求し、大隈重信首相の自動車に爆弾を投じたが不発

1.14 ロシア・コザコフ東亜局長、石井外相に日露同盟を提議

1.20 中国で雲南革命軍、四川に進出

1.22 工場監督官設置

1.26 英上院、義務徴兵法案を可決

1.27 貴州の劉顕世ら、反袁世凱独立を宣言

1.31 貴族院は減債基金問題を口実に予算案否決の形勢。大隈首相、審議延長2日間を要求、山県有朋に調停依頼、2月4日妥協成立

1.- 吉野作造、「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」を発表

2.3 ローマ法王使節ペトレリ大司教、大正天皇に即位礼奉祝の親書

2.7 貴族院予算委員総会、妥協案可決(内国債2000万円募集し外国債償還等)

2.7 ロシア大蔵省証券を日本で売り出すための5000万円引受契約が成立

2.9 英外相、日本にインド洋・シンガポール方面への軍艦派遣を要請

2.14 閣議、ロシアに対し東支鉄道の一部譲り受け交渉、および日露同盟締結方針決定

2.18 武昌で軍隊暴動

2.21 ドイツ軍、仏軍の要塞ベルダンを攻撃、12月まで攻防戦続き、それぞれ30万人を超える死傷者

3.2 ロシアへの軍需品売り込み交渉成立

3.7 閣議、中国の南軍を交戦団体と承認し、民間有志の排袁運動援助を黙認する方針を決定

3.9 メキシコの革命派パンチョ・ビリャ、米ニューメキシコ州に侵入、米人10数人を殺害

3.9 ポルトガル、ドイツに宣戦布告

3.18 海軍航空隊令公布、4月1日横須賀に海軍航空隊新設

3.18 山極勝三郎と市川厚一、コールタール塗布でウサギの耳に人工的に発ガンと発表

3.20 アインシュタイン、一般相対性理論を定式化

3.22 袁世凱、帝政取り消しを宣言

3.26 大隈重信首相、山県有朋に辞意を伝え、後継に同志会総裁・加藤高明を推す

3.30 米麦品種改良奨励規則制定(4月1日施行)

4.1 鉱業令施行

4.1 外国債整理償還のため内国債発行に関する件公布

4.6 広東の竜済光、独立を宣言

4.6 畜産試験場官制公布(即日施行)

4.8 米曲芸飛行家アート・スミス来日

4.24 アイルランドでシン・フェイン党など、独立を求めて反英武装蜂起、5月武力鎮圧

4.25 経済調査会官制公布、会長大隈重信、副会長武富時敏・河野広中

5.6 製鉄業調査会官制公布(12月20日廃止)

5.16 英・仏、サイクス=ピコ秘密条約調印。アジア・トルコの両国管理地域・アラビアでの勢力範囲を設定

5.24 観樹将軍・三浦梧楼の斡旋で同志会総裁・加藤高明、政友会総裁・原敬、国民党総裁・犬養毅が3党首会談

5.29 インド詩人タゴール、2度目の来日

5.30 3党首会談(第2回会合)

5.31 英独、ユトランド沖で大海戦

6.5 ヒジャズ地方でアラブ人の対トルコ反乱起こる(英ロレンスの工作による)

6.6 3党首会談(第3回会合)、対華外交・国防に関する覚書作成、10日発表

6.6 袁世凱死去、57歳

6.7 黎元洪、中華民国大総統に就任

6.19 日本政府、中国南北両勢力に非公式に和協を勧告

6.24 大隈首相参内し辞意を表し寺内正毅を後継者に推す

6.24 ソンムで英仏軍、独軍を総攻撃、11月まで激戦続く

6.- 友愛会、婦人部新設、8月1日「友愛婦人」創刊

7.3 第4次日露協約調印

7.6 大隈首相、朝鮮総督・寺内正毅と会見、後継内閣につき懇談、加藤高明との連立内閣を勧告

7.10 衆議院議員選挙法改正調査会官制公布

7.10 簡易生命保険法公布(10月1日施行)

7.27 横浜入港の布哇丸でコレラ発生、以後全国に広がる

8.3 工場法施行令・同施行規則公布(9月1日施行)

8.6 寺内正毅、大隈首相と会見、加藤高明との連立内閣組織の条件を拒絶

8.11 横浜船渠1200人不当解雇反対の争議、職長の排斥等に成功

8.13 鄭家屯で日華両軍衝突、日本軍死者11人

8.29 ヒンデンブルクをドイツ参謀総長に任命

9.1 堂前孫三郎、西尾末広、坂本孝三郎ら「職工組合期成同志会」を結成

9.15 ソンム戦線で英軍、初めて戦車を実戦に使用

10.4 第2次大隈内閣総辞職、後継首相に同志会総裁・加藤高明を推薦

10.5 寺内正毅に後継内閣組織の大命

10.9 寺内内閣成立(超然官僚内閣)

10.10 立憲同志・中正・公友3派合同して憲政会を組織、総裁・加藤高明

10.12 全国記者大会、閥族官僚政治の排斥を決議

10.16 米のマーガレット・サンガー、ブルックリンに産児制限専門クリニックを開設

10.30 株式市場人気沸騰

11.3 裕仁親王、立太子礼

11.3 欧文印刷工組合信友会結成、欧文工の大半組織、600人

11.5 ポーランド、独立を宣言

11.9 社会主義者・大杉栄、神奈川県葉山の旅館で三角関係から神近市子に刺される(葉山日蔭茶屋事件)

11.25 憲政会に不参加の中正会・公友倶楽部議員37人、公正会を組織

12.9 夏目漱石死去、49歳

12.10 大山巌死去、75歳。17日国葬

12.12 ドイツ、米国を通じて連合国に和平交渉を申し入れ、30日連合国側拒否

12.13 ドイツ皇帝の講和提議で株式相場大暴落、東京株式取引所は18日まで休会

12.20 米大統領ウィルソン、講和覚書発表

12.27 第38帝国議会開会

12.30 ロシア宮廷の怪僧ラスプーチン暗殺される

やがて大正ロマン真っ只中に突入する、日本が豪華絢爛な姿に様変わりしようとする時代です。

前の年

山極勝三郎はウサギの耳にコールタールを塗り続けた男 - 1915年(大正4年)
山極勝三郎(やまぎわ・かつさぶろう)は物理学者でした。世界初の発がん実験に成功します。ウサギの耳にコールタールを塗り続ける実験を続け、こ...

次の年

山田耕筰が目指したオペラの夜明け - 1917年(大正6年)
山田耕筰(やまだ・こうさく)は作曲家です。交響曲、オペラ界のパイオニアで、「からたちの花」「赤とんぼ」などの童謡で知られています。こ...

この記事を気に入ってくれた方に、次の記事をおすすめします。

松井須磨子が歌った「いのち短し恋せよ乙女」 - 1914年(大正3年)
松井須磨子(まつい・すまこ)は、新劇の女優でした。この年、帝国劇場で上演された芝居「復活」(トルストイ原作)のなかで歌った「カチューシャ...
岩波書店がこの年、開業しました - 1913年(大正2年)
岩波茂雄(いわなみ・しげお)は出版人であり、岩波書店の創立者でもあります。この年8月、東京・神田神保町に古本屋「岩波書店」を開業しました...
乃木希典は明治天皇に夫婦で殉死 - 1912年(明治45年/大正元年)
乃木希典(のぎ・まれすけ)は、これぞ日本人と言えるような人でした。軍人であり、明治天皇崩御に伴い夫婦で殉死をします。現代では考えられ...

成功の法則を理解すれば、眠っていた自信を呼び起こすことが可能です。

このサイトでは、ジョセフ・マーフィーの「眠りながら成功する」からヒントを得て、独自に考案した、成功体験から幸せを呼び込む方法を紹介しています。

眠りながら成功するか、それとも読むだけで痩せてみるか
このサイトでのダイエットの方法は、眠りながら成功するというジョセフ・マーフィーの本からヒントを得て、考案したものです。ですから、ダイ...
幸福を呼び込む、成功の法則
成功の法則こそが、すべての原点ともいえる方法です。この方法に限らず、このサイトで公開している方法はすべて、眠りながら成功するというジ...
幸せへの近道、他人の幸福を祈って、自分が幸せを手に入れる方法
ネガティブな思考がほんの少しでも生じてしまえば、潜在意識はそちらのほうを優先します。そのせいで、まったく正反対の結果が現れる可能性ま...

人生に必要なのは、スリムなスタイルだけではありません。

シャープな頭脳も必要不可欠です。自信は人間にとって、もっとも重要な栄養分です。ぜひ、成功体験を味わうことから始めてほしいと思います。

ダイエットに興味がある方は、読むだけで行うダイエットをおすすめします。

読むだけで痩せる方法
普通の痩せる方法とは、一味も二味も違います。他のダイエットと組み合わせても、効果を発揮します。もちろん、単独の痩せる方法としても、有...
読むだけでリバウンドしない方法
リバウンドしない方法としては、もっとも簡単で効果的なダイエットです。ただし一般的な外からのダイエットとはまるで、違います。読むだけで...

ただしこれらの方法は、本格的なものです。それゆえに原稿も長く、たとえ読むだけにしても、結構、時間がかかります。そのかわり、見返りも大きいわけですが。

時間のない方には「ダイエット成功のバイブル」がおすすめです。

痩せる、ダイエット成功のバイブル
このたびやっと時間を短縮し、なおかつ効果を落とさない方法を確立することができました。ただし今までの方法(読むだけで痩せる方法、読むだ...

スポンサードリンク

言葉の拘束具とハードルを使う方法です。

もしこの記事を気に入って頂けましたら、はてなブックマークやツイッター、facebookなどでシェアーをお願い致します。 皆さまのシェアが非常にはげみになります。

tumblrへの投稿