出口王仁三郎は尊師と呼ばれた男 - 1921年(大正10年)

出口王仁三郎は尊師と呼ばれた男 – 1921年(大正10年)

出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)は、宗教家でありました。

出口王仁三郎大本教の組織者です。この年2月、第1次弾圧を受け、検挙されます。

出口王仁三郎は小学校を中退させられましたが、理解力と記憶力は抜群で、13歳で代用教員に登用されるほどでした。

職業を転々とし、荒くれ者であったのですが、村の青年同士のけんかに負けて、山中で修行するうちに霊能力を自覚し、病気治しの布教活動を始めます。

大本教の開祖・出口ナオと出会い、1899年に入信します。後継者とされたナオの5女と結婚し、教義の整備や組織の拡大を精力的に推し進めました。

機関紙を発行し、長髪にスゲ笠姿の信者たちによる大道布教隊を組織して、全国に宣伝を始めます。それからは急成長を遂げて、大阪の日刊新聞社を買収するまでに至りました。

積極的な社会批判や救済の呼びかけは大きな反響を呼び、実業家や軍人、知識人などの入信も相次ぎ、皇道大本と改称しました。

この間、「大正維新」のスローガンを掲げ、明治の王政復古に対する「神政復古」をとなえ、富国強兵策をも批判しました。

ラディカルな「世直し」思想が革命を目指すものとみなされ、戦前・戦中2回の弾圧を受けます。第2次弾圧では完全に禁圧され、敗戦後に愛善苑の名で再建することになりました。

生涯に10万首近い歌を詠んだと言われています。

京都府生まれ(1871~1948年)。

1921年の主な出来事。

■事件/宮中某重大事件(皇太子妃問題)。大本教不敬事件。柳原白蓮事件。石原純・原阿佐緒恋愛事件。ロシア盲詩人エロシェンコに退去を命ず。浜田栄子自殺事件。満鉄大疑獄事件。函館大火。新宿・浅草大火。大阪電灯会社大スト

■世相/みみかくし流行。箱根早雲山ケーブルカー開通。東京帝国大安田講堂建設(安田善次郎、100万円寄付)。弁理士法公布。東京市湯銭を値上げ、大人6銭。最初の畜産博覧会

■企業/旭石油会社設立。水曜会(産銅カルテル)成立

■軍事/戦艦「陸奥」完成。「赤城」、「加賀」空母に改造。陸軍、明野・下志津飛行学校開設

■文化/東京科学博物館開設。臨時国語調査会官制公布。東海道線大津-京都間新線開通。所沢-長春間飛行(初の海外飛行)。英の哲学者バートランド・ラッセル来日

■宗教/西田天香「懴悔の生活」

■科学技術/工業品規格統一調査会設置。科学協議会創立。東京天文台官制公布

■厚生/A.フレミング(英)、唾液、粘液、涙の中に坑細菌物質リゾチーム発見。国立栄養研究所設立

■女性/赤瀾会結成。婦人平和協会結成。自由学園・文化学院設立。桜楓会女子アパート設立。日本女子大、社会事業部新設

■文芸/志賀直哉「暗夜行路」。倉田百三「愛と認識との出発」。プロレタリア文芸運動

■美術/春陽会設立

■音楽/バイオリニスト、エルマン来日

■芸能/舞台協会「出家とその弟子」

■映画/「路上の霊魂」。「蛇性の淫」

■スポーツ/大日本蹴球協会・大日本庭球協会・拳闘倶楽部創立

■出版/「種蒔く人」、「思想」、「カメラ」、「日本医事新報」、「商店界」創刊。石原純「相対性原理」。鉄道省編「日本鉄道史」。長谷川如是閑「現代国家批判」

■流行歌/船頭小唄。流浪の旅。赤とんぼ。七つの子。青い眼の人形。てるてる坊主

■流行語/二枚舌。一蓮托生。プロレタリア。軍縮。

1921年はどんな時代であったのか。

政府は歳入不足を補うために、巨額の新規公債募集に依存しなければならなくなりました。戦後恐慌の結果、経済界は沈滞し、政府の積極政策も行き詰まりを迎えます。

野党各派はシベリア出兵・対ソ国交回復・朝鮮統治策などで政府を追及します。

11月、原敬首相は東京駅頭で暗殺され、高橋是清蔵相が後を継ぎました。宮中某重大事件、皇太子裕仁の外遊・摂政就任など、宮中の周辺も多事きわまる年でした。

一方、ワシントン会議は、日本の対外進出の行動を大きく規制するものとなりました。

1921年(大正10年)

大本教の組織者です。この年2月、第1次弾圧を受け、検挙されます。

宮中某重大事件について伝えた1921年2月11日の記事

1.3 米カリフォルニア州の排日土地法について駐米大使が抗議

1.21 社会主義労働団体連合大会を開催

1.25 中橋徳五郎文相、東京高等工業学校昇格問題で「二枚舌事件」

1.31 臨時治水調査会官制公布施行

2.3 衆議院、憲政会・国民党提出の普通選挙法案を否決

2.8 尾崎行雄、軍備制限決議案を衆議院に提出、10日否決

2.10 宮中某重大事件につき、宮内省、皇太子妃内定に変更なしと発表

2.12 大本教・出口王仁三郎ら幹部検挙(第1次大本教事件)

2.18 全国養蚕組合連合会創立

2.21 ドイツ賠償ロンドン会議開催、日本も参加(3月14日まで)

2.26 住友合資会社設立

2.26 内田康哉外相、ヤップ島は日本委任統治領に含まれないというアメリカの主張に反駁

3.1 奈良県抜上村柏原で青年同志会結成(水平社の前身)

3.3 皇太子裕仁、軍艦「香取」で訪欧のため横浜を出航(9月2日帰国)

3.14 足尾銅山大争議(4月18日解決)

3.16 英ソ通商条約調印、英が事実上ソ連を承認

3.16 憲政会総裁・加藤高明の金品受領「珍品問題」、衆院で暴露される

3.18 航空取締規則公布(3月25日施行)

3.21 山県有朋、元老と枢密院議長の辞表を提出

3.- ソビエト、新経済政策(ネップ)実施

4.4 米穀法(即日実施)・米穀需給調節特別会計法(10年度から施行)公布

4.5 政府、海底電線陸揚地としてのヤップ島における米国の権利を承認

4.7 政府、興業・勧業両銀行間に帝国蚕糸会社に対する貸付金の損失補償契約調印

4.8 国有財産法(1922年1月27日施行)・借地法・借家法(5月15日施行)公布

4.9 航空法(1927年1月施行)・職業紹介法(1922年7月施行)公布

4.12 度量衡法改正公布(メートル法採用1924年7月1日施行)

4.12 郡制廃止に関する法律(1923年4月施行)・水産会社法(6月15日施行)公布

4.14 貯蓄銀行法(1922年1月施行)、軌道法(1924年1月1日施行)公布

4.26 陸軍軍法会議法・海軍軍法会議法(1922年4月施行)公布

5.5 中華民国孫文、広東で大総統に就任、広東新政府正式樹立

5.6 ドイツ・ソビエト貿易協定

5.7 農商務省、臨時米穀管理部を廃止し食糧局を新設

5.7 日本海員組合結成

5.9 皇太子裕仁、ロンドンに到着

5.13 閣議、極東共和国との交渉で、外国人の土地所有などを条件にシベリアから撤兵を決定

5.14 米穀委員会設置

5.17 閣議、張作霖に対する態度を「東三省の内政・軍備を充実する限りは援助するが、中央への進出には助力しない」と決定

5.20 ドイツ、中国と平和条約回復に関する協定締結

5.28 日本社会主義同盟に解散命令

6.16 ヤップ島問題ならびに排日土地法案等に関し日米両国直接交渉を開始

7.1 中国共産党結成

7.3 赤色労働組合インターショナル(プロフィンテルン)創立大会

7.7 神戸三菱・川崎造船所職工1万7000人スト、8日神戸三菱造船所職工1万2000人スト

7.10 蒙古人民革命政府樹立

7.11 三菱・川崎両争議団、職工ら3万5000人デモ、13日川崎争議団工場管理宣言・管理方法発表

7.11 アメリカ、日英仏伊に軍備制限および極東問題討議のため、ワシントン会議開催方を非公式に提議

7.14 川崎・三菱両造船所大罷業に対し示威運動を禁止し軍隊出動(8月11日争議団敗北)

7.14 米サッコ=ヴァンゼッティ事件に有罪判決

8.13 米大統領ハーディングからワシントン会議の正式招集状到着、23日参加を回答

8.21 暁民会中心に「暁民共産党」を組織

8.25 米独講和条約調印

8.26 政府、極東共和国代表(ソ連承認)と大連会議を開催

9.2 テニス・デビスカップ戦に日本初参加

9.17 尾崎行雄ら、軍備縮小同志会結成

9.22 機船底曳網漁業取締規則制定(11月11日施行)

9.27 ワシントン会議日本全権に加藤友三郎・徳川家達・幣原喜重郎らを任命、10月15日出発

9.28 安田善次郎、大磯で刺殺される、82歳

10.3 友愛会を日本労働総同盟と改称

10.6 メートル法の国際条約に調印(1924年10月21日批准、1925年1月8日公布)

10.8 石川島造船所職工2900人スト

10.11 石炭鉱業連合会創立

10.12 原敬首相、海軍大臣事務管理

11.4 原敬首相、東京駅で刺殺される、65歳

11.5 原内閣総辞職

11.5 ソビエト・蒙古間に修好協定成立

11.12 ワシントン会議開催

11.13 高橋是清政友会内閣成立

11.25 皇太子裕仁、摂政に就任

11.29 呉で初の日本式潜水艦第44号進水

11.- インドの不服従運動拡大

12.2 警視庁、暁民共産党検挙事件に関し発表

12.6 アイルランド自由国成立

12.13 ワシントン会議で日米英仏4カ国条約成立調印、日英同盟条約廃棄決定

12.15 海軍制限問題に関する日英米3国海軍協定成立、ヤップ島日米協定発表

12.21 高橋是清首相、政友会総裁に就任

12.24 第45回帝国議会召集

12.26 普選期成各派連合大懇親会を東京築地精養軒で開催

新興宗教などがこの時代にも進出していたのに、驚きます。実際の活動がどんなものだったのか、詳しいことまではわかりませんが。

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