大逆事件再び、弱冠23歳、金子文子の生涯 - 1923年(大正12年)

大逆事件再び、弱冠23歳、金子文子の生涯 – 1923年(大正12年)

金子文子(かねこ・ふみこ)はアナーキストでありました。

金子文子第2の大逆事件といわれる「朴烈事件」で無期懲役になります。

この年の9月、関東大震災後の異常事態のなか、無政府主義グループ「不逞社」に対する取り締まりが行われ、朝鮮独立運動の闘士で実質上の夫である朴烈や仲間とともに警察に検束されました。

3年近い勾留と取り調べの末、「皇太子に爆弾を投げようとした」として大逆罪の容疑者に仕立て上げられ、朴とともに死刑を宣告されます。

反論していた文子は、途中から裁判を闘争の場に選び、一貫して天皇制批判をおこないました。恩赦によって無期懲役になりましたが、激怒して減刑状を破り捨てます。

栃木女子刑務所に移された後、看守のすきを見て自ら命を絶ちました。

23歳の若さでありました。

金子文子は無籍のまま放置されたため、幼いころから差別を受けて育ちました。父や母に捨てられ、9歳のときに朝鮮にいる親戚に引き取られましたが、7年間にわたり虐待を受けます。

帰国後、上京して新聞の売り子や行商、女中などをしながら夜学で学びます。差別と貧困のなか、社会主義者や無政府主義者、朝鮮人学生らと交流し、急速に思想を形成していきます。

朴と出会い、不逞社を結成、機関紙を発行しました。

まさに鮮烈で、薄幸なる生涯ではなかったかと思います。

神奈川県生まれ(1903~26年)。

1923年はどんな時代であったのか。

■事件/早大軍事研究団事件。有島武郎情死、45歳。島田清次郎誘拐事件。岡山県藤田農場小作争議。東京相撲協会紛争

■世相/台湾蓬莱米出回る。東京市内焼け残り建物爆破。借家人同盟創立。木材を大量輸入。国立多摩少年院開設

■企業/秩父セメント会社設立

■軍事/歩兵操典改正(機動火力主義採用)。軽巡洋艦「夕張」完成。艦上機着艦に成功

■文化/丸ビル落成。労資協調会館開館

■宗教/日本基督教会連盟創立

■科学技術/京浜電力、15万4000KV送電開始。発明品博覧会開催。タイガー計算器発明

■女性/「種蒔く人」無産婦人号特集。婦人市政研究会設立。女子教育振興委員会結成。「女人芸術」創刊

■文芸/横光利一「日輪」。萩原朔太郎「青猫」。長与善郎「青銅の基督」。滝井孝作「無限抱擁」

■音楽/東京シンフォニー・オーケストラ創立。日比谷新音楽堂成る。バイオリンのクライスラー、ハイフェッツ来日

■映画/「髑髏の舞」。「旅の女芸人」。「人間苦」。「船頭小唄」。映画の女形俳優なくなる。マキノ教育映画製作所設立

■スポーツ/第1回全日本スキー選手権大会。大日本ホッケー協会創立

■出版/「大原社会問題研究所雑誌」(季刊)、「文藝春秋」、「科学画報」、「少女倶楽部」、「アサヒスポーツ」、「エコノミスト」創刊。美濃部達吉「憲法提要」。佐野学「日本経済史概論」。辻村太郎「地形学」

■流行歌/旅人の唄。青春の唄。復興節。肩たたき。夕焼け小焼け。花嫁人形

■流行語/大震災。流言飛語。復興計画。アナーキスト。

1923年の主な出来事。

緊縮財政をとった加藤首相が8月に病死、政党間の駆け引きのなかで関東大震災が発生します。混乱のなか、革新倶楽部の犬養毅が入閣して組閣を行いました。

未曾有の被害に政府は東京市などに戒厳令を敷き、非常徴発令、債務支払い・租税納付の猶予、暴利取締令などの緊急措置をとりました。

帝都復興審議会は超党派的な組織とし、挙国一致による帝都復興計画の実現を期しました。

年末、虎ノ門事件が起きて、山本内閣は総辞職します。外交では日ソ国交回復の予備交渉として後藤・ヨッフェ会談が開かれました。

1923年(大正12年)

関東大震災について伝えた1923年9月4日の記事

関東大震災について伝えた1923年9月4日の記事

1.1 東京、大阪に少年審判所を設置

1.1 政府、山東鉄道を中華民国へ還付実施

1.11 朝日新聞社、東京-大阪間に定期航空開始(週1回、貨物輸送)

1.15 国際労働機関(ILO)日本事務所を東京に設置

1.18 全国農会大会、地租軽減を決議

1.20 普選即行全国新聞記者同盟大会、東京で開催

1.21 総同盟など22団体、過激社会運動取締法案・労組法案反対全国労組委員会を結成

1.25 全国農会、地租軽減運動を開始

2.1 ソ連のヨッフェ、後藤新平の招待で来日、日ソ国交について私的会談

2.2 婦人参政権獲得同盟成立

2.23 東京で普選即行要求の大デモと国民大会開催

2.24 衆議院、統一普通選挙法案を上程、3月1日大紛糾の末に否決

3.2 衆議院、陪審法案可決、3月21日貴族院も可決(4月18日公布)

3.10 中国、21カ条条約廃棄を通告、14日日本政府拒絶

3.15 郵便切手類および収入印紙売捌規則制定(4月1日施行)

3.18 奈良県磯城郡川西村の水平社員700人と国粋会員および村民600人が同郡都村で乱闘

3.21 軍縮で東京及び大阪砲兵工廠職工4000人解雇

3.26 衆院で被差別部落民への因習打破を決議

3.26 海軍技術研究所令公布

3.27 石油消費税法廃止(4月1日施行)

3.30 中央卸売市場法公布(11月1日施行)

3.30 陸軍造兵廠令公布(砲兵工廠条例廃止)

3.- 山野千枝子、初の美容院を丸ビルに開院

4.1 郡制廃止実施

4.3 「赤旗」創刊

4.10 競馬法公布、馬券発売許可

4.10 瓦斯事業法公布(1925年10月1日施行)

4.12 摂政宮裕仁、台湾視察のため横須賀発、5月1日帰国

4.14 石井・ランシング協定廃棄の日米公文交換

4.14 恩給法公布(10月1日施行)

4.18 陪審法公布(1928年10月1日施行)

4.19 全国購買組合連合会創立(9月1日事業開始)

4.23 武藤山治ら、実業同志会を組織

5.22 労働統計実地調査令公布(1924年10月10日第1回施行)

5.30 日ソ漁業契約調印

6.5 第1次共産党事件。堺利彦ら検挙される

6.20 日本航空株式会社設立

6.28 日本代表・川上俊彦、ソ連政府代表ヨッフェと日ソ予備交渉開始

8.22 海軍軍縮条約の廃棄艦の処分発表

8.24 加藤友三郎首相病死、62歳。25日、内田康哉外相、臨時首相に就任、28日総辞職

8.28 山本権兵衛に組閣命令(9月2日第2次山本内閣成立)

9.1 関東大震災。午前11時58分44秒、関東地方に大地震(M7.9)、家屋倒壊無数、続いて各地に大火災が起き、津波が襲来、通信・交通・ガス・水道・電灯すべて停止し、経済諸機関がマヒ、新聞発行不能となり流言飛語乱れ飛び大混乱

9.2 摂政宮裕仁、午後7時40分、赤坂離宮で山本内閣親任式

9.2 「朝鮮人」事件起きる。朝鮮人暴動の流言が広がり、朝鮮人や中国人数千人が殺される。東京市ならびに隣接4郡に戒厳令、食糧非携帯者の入京禁止、東京市民自警団を組織

9.2 朴烈陰謀事件(天皇暗殺未遂)が発覚し、朴烈と内妻・金子文子を検挙

9.3 摂政宮裕仁、沙汰書ならびに救恤金(きゅうじゅつきん)1000万円。関東戒厳司令部条例を公布し陸軍中将・福田雅太郎を司令官に任命、内務省内に司令部設置。東京市内火災ようやくおさまり、全市の3分の2、約30万戸が焼土と化し、死者約6万5000人。全体の死者・行方不明者は14万2807人

9.4 在京新聞社「号外」「特報」発行を開始、新聞発行は不能

9.4 亀戸事件(平沢計七、川合義虎ら9人を習志野騎兵隊兵士が刺殺)

9.5 食糧はじめて東京に着く

9.6 鉄道省、罹災者無賃輸送を開始

9.7 治安維持のため流言浮説取締令・支払猶予令(モラトリアム)・暴利取締令の各緊急勅令を公布。取締品11品種を指定

9.8 東京市電一部運転開始、乗合自動車32台も運転開始

9.9 鉄道省、芝浦-清水間を汽船で罹災者輸送開始、各地からの救援隊入京

9.10 日本銀行、資金供給制限を撤廃

9.11 罹災民に1人1日玄米2合を配給

9.12 帝都復興に関する詔書

9.13 閣議、帝都復興機関設置を決定

9.13 ソ連救済船レーニン号横浜に入港、ただちに退去命令を受ける

9.15 摂政宮裕仁、馬で焼け跡を巡視

9.16 憲兵大尉・甘粕正彦らが憲兵隊に留置中の無政府主義者・大杉栄(38)と妻・伊藤野枝(28)らを密かに扼殺

9.17 英国セールフレザー会社、東京市へ1億ポンド融通申し入れ

9.17 東京市電10系統開通、東京駅再開。東海道線全通。東京市内電話の使用制限撤廃

9.18 米国救済船メリット号、メープス号到着

9.19 帝都復興審議会官制公布、審議会委員を任命

9.23 閣議、帝都復興院設置を決定、27日官制公布

9.27 震災手形割引損失補償令公布

9.30 モラトリアム、満期消滅

10.6 米国都市計画の権威・ビアード博士が東京市復興建設顧問として来日

10.10 摂政宮、横浜、横須賀の災害を巡視

10.16 内閣に普選準備調査委員会設置

10.30 東京市電広尾車庫で電車100台焼失

11.8 ヒトラーのミュンヘン暴動。9日失敗、ヒトラー逮捕

11.14 週刊「アサヒグラフ」創刊

12.8 甘粕正彦に軍法会議が懲役10年の判決

12.11 第47回臨時帝国議会開会

12.20 産業組合中央金庫創立

12.24 帝都復興計画法・震災善後公債法公布(即日施行)

12.27 第48回帝国議会開会

12.27 虎ノ門事件。帝国議会開院式に向かう摂政宮の自動車に難波大助が発砲。山本内閣は責を負い辞表提出

12.29 河野広中死去、74歳

関東大震災というとてつもない大災害に、日本国民すべてが度肝を抜かれた年でした。

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