芥川龍之介はなぜに、命を縮めたのか - 1927年(昭和2年)

芥川龍之介はなぜに、命を縮めたのか – 1927年(昭和2年)

芥川龍之介(あくたがわ・りゅうのすけ)は小説家です。

芥川龍之介精緻と技巧を兼ね備えた短編小説によって大正文壇の寵児となりましたが、この年7月、睡眠薬を飲んで自殺します。35歳でした。

新聞は社会面のトップで報道します。知識人に強い衝撃を与えました。

遺作となった『或(ある)旧友へ送る手記』のなかに自殺の動機を「ぼんやりとした不安」という言葉で説明しています。直接の原因は、かねてからの神経衰弱に加えて、半年前に放火の疑いをかけられた義兄が自殺し、その借金がすべて芥川にかかってきた重圧にあったといわれています。

芥川龍之介は生後9カ月ごろ、実母が精神に異常をきたしたため、その実家、芥川家の養子となります。江戸文人の系統をひく芥川家で育ったことは、後の作風に影響を与えました。

生来病弱で感受性が鋭く、早くから書物を読みあさり、書物を通して人生への懐疑を深めました。東京大学在学中に菊池寛らと第3次「新思潮」を創刊します。

翌年の15年『羅生門』を発表しました。16年の『鼻』で夏目漱石の評価を得て、文壇に登場します。独自の世界をつくりあげ、若くして文壇の花形となりました。

死後、菊池寛により芥川賞が設けられました。

東京都生まれ(1892~1927年)。

1927年はどんな時代であったのか。

■事件/明治節制定。芥川龍之介自殺、35歳。

■世相/モボ・モガ全盛。マッチペーパー収集。知識階級職業紹介所設置

■企業/三菱信託・参宮急行電鉄設立

■軍事/空母「赤城」竣工。軍艦衝突事件続出

■文化/円本普及。京城無線局開始。旭日写真工業、国産フィルム第1号発売

■科学技術/理化学興業会社設立。日本作物学会創立

■厚生/花柳病予防法公布

■女性/婦人解放運動家・福田英子死去、61歳。中山太郎「売笑三千年史」

■文芸/藤森成吉「何が彼女をさうさせたか」。久保田万太郎「大寺学校」。芥川龍之介「河童」、「或る阿呆の一生」

■音楽/新交響楽団(新響)第1回演奏会。宝塚レビュー団「モンパリ」好評。日本ビクター蓄音器会社設立

■芸能/築地小劇場、帝劇に出演。小山内薫訪ソ

■映画/「忠次旅日記」。「彼をめぐる五人の女」。「椿姫」。パラマウント・ニュース第1号封切り

■スポーツ/スポーツ実況放送始まる。大日本排球協会、大日本氷上競技連盟成立

■放送/京城放送局開設

■出版/「労農」、「インタナショナル」、「レコード音楽」創刊。「岩波文庫」発刊。「明治文化全集」、「マルクス主義講座」、「世界文学全集」、「近代劇全集」、「現代大衆文学全集」刊行開始

■流行歌/波浮の港。どん底のうた

■流行語/円タク。シャン。何が彼女をさうさせたか。

1927年の主な出来事。

戦後恐慌、震災恐慌の不況のなか金融恐慌が勃発します。これが幣原協調外交への非難と結びつき、若槻内閣は総辞職しました。

代わった田中内閣では、首相自ら外相を兼ね、内政の矛盾を大陸政策で解決しようとする積極外交に転じます。

第1次山東出兵を断行し、東方会議を開き「対華政策綱領」を決定しました。しかし、内外の強い非難と中国民衆の排日運動に直面します。しかも、張作霖に対して行った満蒙権益の要求を拒否され、満州の排日運動に勢いをつける重大な事態を招きました。

1927年(昭和2年)

台湾銀行に続いて十五銀行の休業を伝えた1927年4月21日の記事

台湾銀行に続いて十五銀行の休業を伝えた1927年4月21日の記事

1.5 京都で日本水平社結成

1.8 中国革命軍が漢口租界を占領、邦人保護のため軍艦「鳥羽」を派遣

1.13 小作調査会総会で小作法党新案を可決

1.26 震災手形処理の2法案議会提出、政友会の反対が金融恐慌の導火線に(3月23日貴族院で可決)

1.- 寒波のため東京で流感の「世界かぜ」が大流行。患者37万人

2.7 大正天皇大喪の儀

2.8 全国に大寒波・豪雪襲来、北陸線など列車不通が続出

2.10 米国、日英仏伊に第2次海軍軍縮会議開催を提唱(19日参加を回答)

2.21 武漢国民政府(汪兆銘)樹立

2.23 朝鮮人自由労働組合、東京で結成

3.1 全日本農民組合発足

3.7 北丹後地震、死者2925人

3.14 片岡直温蔵相が衆議院で「東京渡辺銀行が破綻した」と失言

3.15 片岡蔵相失言で東京渡辺銀行、あかぢ貯蓄銀行が支払い停止。金融恐慌始まる

3.19 東京中井銀行が休業、銀行休業続出

3.20 日本銀行、非常貸し出しを実施

3.21 日本銀行非常貸し出しが1億円突破、23日までに6億円突破

3.21 中華民国国民革命軍が上海を占領、各国陸戦隊上陸

3.22 東京銀行、村井銀行、中沢銀行、八十四銀行、横浜左右田銀行が休業し、金融恐慌拡大

3.24 南京事件起きる。中華民国国民革命軍が南京を占領、日本領事館襲撃され、第1艦隊出動、米英軍艦、南京市内に発砲

3.27 磐城炭坑で火災。死者136人

3.30 銀行法公布(1928年1月1日実施)

4.1 小田原急行鉄道開通

4.3 武漢政府糾察隊、日本陸戦隊と衝突。邦人全部引き揚げ、各地に排日運動(漢口事件)

4.8 日本ゼネラル・モータース操業開始

4.12 上海で蒋介石が反共クーデター(18日南京国民政府樹立)

4.17 枢密院御前会議、台湾銀行救済緊急勅令案を否決、若槻礼次郎内閣総辞職

4.18 台湾銀行取り付けで銀行の休業続出

4.20 田中義一政友会内閣成立、森恪、外務次官となる

4.20 保井コノ、最初の女性博士となる。理学博士

4.21 金融恐慌いよいよ深刻化、第十五銀行休業

4.22 株式暴落、恐慌状態で3週間のモラトリアム緊急勅令公布(即日実施)、取引所休業、全国の銀行が3日間臨時休業

4.25 全国の銀行、営業再開

4.29 大日本連合女子青年団創立

5.4 第53回臨時帝国議会開会

5.13 モラトリアム期限経過で各地銀行ならびに株式市場立ち会い再開、平穏

5.20 汎太平洋労働組合会議が漢口で開かれ、日本代表山本懸蔵ら出席

5.21 米のリンドバーグ、大西洋無着陸横断飛行に成功(ニューヨーク-パリ間を33時間30分)

5.27 資源局官制公布

5.28 政府、第1次山東出兵を決定。関東軍に出動命令、中華民国は日本の出兵に反対

5.30 東洋モスリン亀戸工場の争議妥結

6.1 憲政会・政友本党を解党して立憲民政党結成、総裁・浜口雄幸

6.1 東洋モスリン亀戸工場争議妥結、女工の自由外出実行(女工解放の最初)

6.9 日本プロレタリア芸術連盟が分裂

6.18 張作霖、北京に安国軍政府を組織、大元帥に就任

6.20 ジュネーブ3国海軍軍縮会議開会、首席全権・斎藤実、会議は決裂し8月閉会

6.27 東方会議、大陸進出政策確立のために召集、田中首相兼外相上奏文問題となる。7月7日、「対華政策綱領」を発表

7.2 上海対日経済断交同盟会、日本人銀行との取引中止、日貨排斥運動激化

7.17 モスクワのコミンテルン会議で日本に関する「27年テーゼ」決定

7.28 ジュネーブ3国軍縮会議、決裂(8月3日終了)

7.- 岩波文庫発刊

8.1 中国共産党軍、南昌で蜂起

8.3 第1回都市対抗野球大会、神宮球場で始まる。優勝は大連満州倶楽部

8.13 甲子園から第13回全国中等学校野球大会の試合をラジオ放送。最初のスポーツ実況中継

8.29 日本・インドシナ通商条約調印

8.30 政府、山東派遣軍の撤退を声明、9月8日撤退完了

9.2 奉天で田中内閣打倒排日運動

9.10 計理士法施行

9.13 九州沿岸に大津波襲来

9.16 野田醤油争議起きる。16日スト開始、1928年4月20日の解決まで、戦前で最長のスト

9.- 満州の排日運動激化のため駐華公使が警告を発し、排日禁令公布

10.12 川崎第百・麹町銀行合併調印。一般企業の合併トラスト化はじまる

10.17 ジュネーブで国際貿易会議開催。11月8日国際貿易障壁撤廃協約調印

10.29 第3次帝国蚕糸株式会社設立

11.1 日本人絹連合会設立

11.5 来日中の蒋介石、国民政府による中国統一について田中首相と会談

11.24 岐阜県山添村・一色村小作争議暴動化、25日さらに拡大(12月6日解決)

11.25 国際無線電信条約調印(1928年12月26日公布)

12.2 日本共産党拡大中央委員会が日光山中で開かれ、27年テーゼ・再組織を討議

12.11 中国共産党、広東市で蜂起し広東ソビエト政府樹立。日本陸戦隊が上陸(3日間で倒れる)

12.15 国民政府、対ソ国交断絶を通告

12.26 第54回帝国議会開会

12.30 東京地下鉄、上野-浅草間開通。日本初の地下鉄

12.- 「主婦之友」が荻野式避妊法を掲載

戦後恐慌、震災恐慌といった、後の日本の行く末を決めかねない出来事の目立つ年でした。

しかし個人的には、この年の8月に、第1回都市対抗野球大会が始まったことが、とても興味深い出来事の一つです。

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