石原莞爾が満州事変への引き金を引く - 1931年(昭和6年)

石原莞爾が満州事変への引き金を引く – 1931年(昭和6年)

石原莞爾(いしはら・かんじ)は、陸軍軍人でありました。

石原莞爾満州事変の中心的人物です。この年9月、柳条湖事件を引き起こし、関東軍による武力攻撃を開始します。政府や軍の不拡大方針を無視して戦争を強引に拡大、翌年の「満州国」発足へ導きました。

石原莞爾は陸軍大卒で、31歳のときに国家主義的な日蓮宗の在家仏教運動団体・国柱会に参加します。その後、ドイツで欧州戦史研究を学び、強烈な日蓮宗信仰と結合させて「世界最終戦争」という独自の観念を形成しました。

東洋文明の覇者・日本と西洋文明の覇者・米国との間で最終戦争が行われて世界が統一され、永久平和が訪れると考えたのです。アジア諸国と東亜連盟を結成して、米国に匹敵する生産力をつける必要があると説きました。

1928年に関東軍参謀となり、満州国建国を主導しましたが、その後、日中戦争拡大には反対します。やがて軍部で力を失っていき、東条英機と対立して予備役にまわされます。

民間で東亜連盟運動を行いましたが、東条からの圧迫も強く、郷里に隠退します。極東国際軍事裁判では責任を問われませんでした。

軍人の被告は階級上位者に限られ、当時中佐だったため、起訴の対象から外されたのです。晩年には一転して、戦争放棄論を主張しました。

山形県生まれ(1889~1949年)。

1931年はどんな時代であったのか。

■事件/東北冷害、凶作で身売り増加。北アルプス焼岳爆発。山陽線列車転覆。松江市大火

■世相/ショップガール。列車ガール。女給増加

■企業/日本郵船・大阪商船提携成る。中島飛行機創立。ブリヂストン・タイヤ設立

■軍事/90式戦車制定。91式戦闘機制定

■文化/国立公園法を実施。東京中央郵便局竣工。プロレタリア文化連盟結成

■教育/大阪帝国大設置。東京帝国大航空研究所開所。東京工大、女子に門戸開放

■宗教/反宗教運動起こる。「讃美歌」刊行

■科学技術/上海自然科学研究所創立。自然科学奨励金交付開始

■厚生/らい研究所創立。温泉治療学研究所完成(別府)。北里柴三郎死去、78歳

■女性/東京根岸芸妓スト。無産婦人大会。朝日新聞「婦人相談」欄開設

■文芸/加賀秋二「綿」。永井荷風「つゆのあとさき」。谷崎潤一郎「盲目物語」。長谷川伸「一本刀土俵入」

■芸能/テアトル・コメディ、前進座誕生。ムーラン・ルージュ開場

■映画/「東京の合唱」。「しかも彼等は行く」。「黎明以前」。「侍ニッポン」

■スポーツ/日米対抗水上競技。日本卓球協会成立。神宮プール完成

■放送/台北放送局開設

■出版/「科学」、「セルパン」、「オール読物」、「実話雑誌」創刊。河合栄治郎「社会政策原理」。大内兵衛・土屋喬雄校「明治前期財政経済史料集成」刊行開始。田河水泡「のらくろ二等兵」

■流行歌/酒は涙か溜息か。侍ニッポン。丘を越えて。私この頃憂鬱よ。巴里の屋根の下。こいのぼり

■流行語/電光石火。生命線。減俸。

1931年の主な出来事。

恐慌と政党の腐敗が、国民を政党不信と、議会政治否定へと導きました。

この機会に乗じた軍部・右翼団体は軟弱外交反対、対外進出を叫び、関東軍による満州事変の勃発へと結びつけたのです。

陸軍首脳部も政府の不拡大方針を無視、全満州に軍事行動を推し進めたため、浜口に代わる若槻内閣も総辞職のやむなきに至りました。

軍部は、後継の犬養内閣にも圧力を加え、戦争計画を進めていきました。軍部の勢いに政治が押され、以後15年間、日本はファシズム体制を迎えることになるのです。

1931年(昭和6年)

満鉄線爆破事件を伝えた1931年9月19日の記事

満鉄線爆破事件を伝えた1931年9月19日の記事

1.1 中華民国、新関税率実施

1.1 ロンドン海軍軍縮条約を公布

1.12 日本共産党、中央委を再建

1.22 張学良と満蒙鉄道問題交渉開始

1.26 日本農民総同盟と全日本農民組合が合同、日本農民組合を結成

1.- 井上日召ら、血盟団を組織

2.25 国際失業反対デー、労働者が各地でデモ。この日、世界各国でデモ

2.28 婦人公民権案を衆議院が可決、3月24日貴族院は否決

3.3 米フーバー大統領が「星条旗よ永遠なれ」を国歌とする法律に署名

3.6 大日本連合婦人会発会式

3.8 関東労働組合会議加盟17団体、労働組合法案反対大会を上野で開催

3.17 衆議院で労働組合法案、労働争議調停法改正法案を可決、27日貴族院で審議未了

3.20 3月事件。「桜会」の一部将校と大川周明らが陸軍軍部宇垣一成内閣のクーデターを企てるが未遂

3.31 地租法公布(1931年度から施行)

4.1 重要産業統制法(カルテルを促進)公布、8月11日施行。恐慌対策と自主的生産販売統制

4.1 自動車交通事業法(10月1日施行)、牧野法(11月1日施行)公布

4.1 国立公園法公布

4.1 中央線新宿-甲府間の電化完了、開通

4.2 労働者災害扶助法公布(1932年1月1日施行)

4.6 軍縮で海軍工廠および工作部職工8200人首切り

4.13 傷からの病状悪化のため浜口雄幸内閣総辞職

4.14 第2次若槻礼次郎民政党内閣成立

4.14 スペイン新政府、共和国宣言

4.15 橘孝三郎ら「愛郷塾」を結成

4.21 全国産業団体連合会設立、会長・郷誠之助

4.22 日本共産党、政治テーゼ草案発表(31年テーゼ)

5.1 メーデー行進、東京での検束者853人

5.1 大阪帝国大開校式

5.10 福岡県潤野炭坑争議。次いで忠隈炭坑、さらに全県下に波及

5.27 高等官等俸給令改正、6月1日施行。官吏減俸に各省職員が反対運動

6.26 閣議、米フーバー大統領提案のドイツ賠償金モラトリアム無条件受諾の根本方針を決定

6.27 参謀本部特派歩兵大尉・中村震太郎らが蒙古地方旅行中、中国兵に殺害される。9月3日中国外交部長が事実無根と声明

6.28 大日本生産党結成、総裁・内田良平

7.2 万宝山事件。満州万宝山で朝鮮農民と中国農民の大衝突事件が起き、続いて京城・仁川・平壌に衝突事件起こる

7.5 労農、全国大衆、社会民衆の3党合同し「全国労農大衆党」結党、書記長・麻生久

7.13 ドイツで金融恐慌勃発

7.30 三島徳七、MK磁石鋼を発明、出願(1932年6月23日特許)

8.1 日本で初めての本格的トーキー映画「マダムと女房」を公開

8.4 南陸相が軍司令官・師団長会議の席上で行なった満蒙問題に関する訓示が問題化

8.26 浜口雄幸死去、61歳

8.26 京阪神を中心に共産党員を大量検挙

8.26 リンドバーグ大佐夫妻、霞ケ浦に飛来

9.1 上越線清水トンネル開通

9.18 満州事変勃発。満鉄沿線奉天付近の柳条湖で線路爆破、これを口実に関東軍が軍事行動を起こし、日華両軍が交戦

9.19 日本軍、奉天・北大営などを占領。21日朝鮮駐屯軍が独断で越境、満州に入る。24日政府は不拡大方針を決定したが、抑えきれず

9.21 イギリス、金本位制を停止。ポンド切り下げで東京株式取引所などで暴落、立会停止になる

9.21 日本軍、満州・吉林を占領

9.22 国際連盟緊急理事会、満州事変拡大防止のため日華紛争解決勧告案を決議

10.1 中華民国、南京・広東両政府の和睦成立

10.3 満州に宣統帝擁立運動起こる

10.16 10月事件(錦旗革命事件)。橋本欣五郎、大川周明ら軍部内閣実現のクーデター発覚、未遂

10.18 上海の排日運動が暴動化し、内外綿社宅襲撃され、日本陸戦隊上陸

10.24 国際連盟理事会、日本への期限付き満州撤兵勧告案を13対1で可決、反対は日本代表・芳沢謙音

10.24 日本プロレタリア文化連盟(コップ)結成

11.3 日本軍、北満州に出動

11.5 東京科学博物館開館

11.5 民政党、三井財閥ドル思惑買いへの糾弾声明

11.7 中国ソビエト臨時政府、瑞金に成立。主席・毛沢東

11.11 天津の中国軍、日本租界を砲撃。交戦となり宣統廃帝が天津を脱出

11.11 渋沢栄一死去、91歳

11.16 日本陸軍中央部、関東軍のチチハル攻撃を承認

11.17 政府もチチハル攻撃を追認(不拡大方針の崩壊)

11.18 閣議で満州への軍隊増派を決定

11.18 関東軍、チチハル占領

11.27 中華ソビエト共和国臨時政府(瑞金政府)を樹立(主席・毛沢東)

12.1 陸軍、他国の干渉絶対拒否を声明

12.10 国際連盟理事会、満州問題調査委員会(リットン委員会)設置を決定

12.11 若槻内閣、内閣不統一のため総辞職

12.11 英議会がウェストミンスター憲章を可決し、自治領に自主権を認めて「大英帝国」から「イギリス連邦」の呼称に変わる

12.13 最後の政党内閣・犬養毅政友会内閣成立。書記官長・森恪、蔵相・高橋是清、陸相・荒木貞夫

12.13 政府、金輸出再禁止、14日対米為替暴落、17日金兌換停止の緊急勅令公布施行。株暴騰、全国株式市場大混乱

12.17 内務省、失業者42万5526人と発表

12.24 日銀正貨準備現在高4億6954万4000円(1917年以来の最低)

12.24 陸軍省、中島式戦闘機の採用を決定

12.28 衆議院正副議長の党籍離脱の慣行が崩れる

いよいよ長年くすぶっていた日本の暴走が始まります。

これから起こることは、決して避けては通れなかった事柄だったのかもしれません。

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