東郷平八郎、軍神とあがめられた男の死 - 1934年(昭和9年)

東郷平八郎、軍神とあがめられた男の死 – 1934年(昭和9年)

東郷平八郎(とうごう・へいはちろう)は、根っからのの軍人でした。

東郷平八郎当時、無敵と言われたバルチック艦隊を撃破した、日本海海戦を指揮した提督です。

東郷はこの年5月に喉頭がんで死去します。86歳でした。

元帥として22年間、君臨しました。晩年、神社を建てたいという話を聞いて「なにっ、わしを神様にするのか! もってのほかでごわす」と断りましたが、没後1カ月足らずで東郷神社建立が決定したそうです。

1940年の「海軍記念日」に軍神に祭り上げられ、東郷神社のほか東郷寺、東郷記念館などの建立も相次ぎました。

東郷平八郎は明治維新後、英国に派遣されて海員教育を受けました。留学中に食べたビーフシチューを真似て作らせた海軍の艦上食が、「肉じゃが」の始まりだったといわれています。

帰国後は一線で活躍しますが、中年期は病気がちで日露開戦前は後方守備の舞鶴鎮守府司令長官でした。

それが03年、55歳の時に連合艦隊司令長官に大抜擢されたのです。

負け戦を体験したことがなく「運が強いから」というのが理由だったというんですから、むちゃくちゃです。

日露戦争後は神格化され「生ける軍神」として生涯現役で睨みをきかせていました。軍縮条約に強硬に反対し、増強派の核となりました。

第2次大戦後も、92年度の教科書で復活を果たしています。「足るを知る」が信条で、庭木いじりが好きだったと言います。

鹿児島県生まれ(1848~1934年)。

1934年はどんな時代であったのか。

■事件/水雷艇「友鶴」転覆事件。エチオピア皇太子妃候補に黒田雅子(のちに破談)

■世相/関西大風水害。東北凶作、娘身売り防止

■企業/日立造船設立

■軍事/94式山砲・迫撃砲制定。海軍急降下爆撃隊編成

■文化/国際文化振興会設置。国語審議会設置。東京-台北間無線電信開通

■科学技術/日立研究所開設。日本航空学会創立。湯川秀樹、中間子仮説を発表

■厚生/国立栄養研究所創立。癌研究会研究所及び病院設立

■文芸/横光利一「紋章」。室生犀星「あにいもうと」。武田麟太郎「銀座八丁」

■芸能/東京宝塚劇場開場。新協劇団結成。藤原歌劇団第1回公演。石井・小牧バレエ団活躍

■映画/朝日世界・大毎東日国際・読売ニュース第1号製作。「一本刀土俵入」。「生きとし生けるもの」。「隣の八重ちゃん」。「只野凡児」。「風流活人剣」

■スポーツ/米式蹴球始まる。最初の職業野球団・大日本東京野球倶楽部誕生、翌1935年に東京巨人軍に

■出版/「経済評論」、「テアトロ」、「俳句研究」創刊。東京科学博物館「江戸時代の科学」。平塚篤編「秘書類纂」刊行開始

■流行歌/赤城の子守唄。急げ幌馬車。さくら音頭。すみれの花咲く頃

■流行語/明鏡止水。司法ファッショ。

1934年の主な出来事。

大凶作で農村の不況は深刻でしたが、巨大財閥資本は国家資本との結合を深め、傘下の重化学工業を新設・拡張し、新興財閥は軍部を通じて軍需工業へ積極的に進出しました。

帝人事件で総辞職した斎藤内閣の後を受けた岡田内閣に対して、陸海軍は「1935~36年の危機」を強調します。陸軍はパンフレットで、政治・経済機構の改革に言及し、軍部の政治関与を公然と宣言しました。

12月のワシントン海軍軍縮条約の廃棄通告で、日本はいよいよ国際的に孤立の立場に追い込まれていきました。

1934年(昭和9年)

海軍軍縮条約破棄通告について伝えた1934年12月30日の記事

海軍軍縮条約破棄通告について伝えた1934年12月30日の記事

1.1 ソ連、第2次5カ年計画を発表

1.5 日印シムラ通商交渉、日本の譲歩で成立

1.9 仏でアクシオン・フランセーズ(ファシズム派)が初のデモ

1.17 時事新報所載「番町会をあばく」、帝人事件問題化の端緒となる

1.22 荒木貞夫陸相辞任

1.26 独ポーランド不可侵条約調印

1.29 「日本製鉄株式会社」成立、官営八幡製鉄所を中心に、三井、三菱、安田、渋沢各財閥の製鉄会社が合併(2月1日開業)

2.3 5・15事件民間側の被告に判決、橘孝三郎無期、大川周明懲役15年

2.9 足利尊氏問題で中島久万吉商相辞職

2.9 バルカン協商条約調印(トルコ、ギリシャ、ルーマニア、ユーゴスラビア)

2.10 米ソ通商条約調印

2.11 恩赦・減刑令、復権令公布

2.14 ロンドンで日英通商協議会開催(3月決裂)

2.16 英ソ新通商協定調印

2.19 日本共産党中央委員・野呂栄太郎、東京・品川署の留置場で拷問を受け死亡

2.27 国際石油カルテルと松方日ソ石油の妥協成立

3.1 満州国帝政実施、執政溥儀の皇帝即位式挙行、「康徳」と改元

3.3 鳩山一郎文相、綱紀問題で辞任

3.9 実業家・言論人の武藤山治、北鎌倉で襲われ10日死去、66歳

3.9 日本団体生命保険株式会社設立

3.16 輸出入禁止制限撤廃条約の義務脱退に関し宣言

3.16 最初の国立公園指定(瀬戸内海、雲仙、霧島)

3.21 函館市大火、全焼2万3600余戸、死者約2000人、推定損害1億3000万円

3.28 石油業法公布(業者に貯油を義務づけ。7月1日施行)

3.29 臨時米穀移入調節法公布(5月20日施行)

4.5 テニスのデ杯選手・佐藤次郎がマラッカ海峡で投身自殺、27歳

4.7 日本銀行金買入法公布(即日施行)

4.10 中国共産党が「全国民衆に告げるの書」を発表した。反日統一戦線・抗日救国についての「6大綱領」を表明する

4.11 三菱重工株式会社設立(三菱造船から改称)

4.17 外務省、対華声明(天羽声明)発表。列国の対中国共同援助に反対

4.18 帝人事件。帝国人絹会社の株売買をめぐる疑獄事件、高木社長ら5人逮捕。5月19日、黒田大蔵次官ら検挙

4.25 思想検事を設置

4.30 通商擁護法公布(5月1日施行)

5.3 宋慶齢らの中国民族武装自衛委員会、「対日作戦宣言」と基本綱領を発表

5.8 社会大衆党が米要求闘争を展開

5.14 農林省、12県に農民道場設置

5.15 帝人事件で番町会解散

5.30 東郷平八郎元帥死去、86歳(6月5日国葬)

6.1 文部省の学生部を拡充して思想局設置

6.8 バタビアで日・オランダ通商交渉開始

6.14 ヒトラーとムソリーニ、ベネチアで初会談。オーストリア問題で一致せず

6.18 兵庫県津名郡中川原村小作争議で小作人が立ち入り禁止地での共同耕作を強行。7月16日検挙者多数

6.21 東京地下鉄の銀座-新橋間が開通し、新橋-浅草間8キロ全通

7.1 輸出生糸取引法施行

7.3 斎藤内閣、帝人事件で総辞職

7.8 岡田啓介(海軍大将)内閣成立

7.12 日印通商条約および議定書、ロンドンで正式調印(9月15日公布実施)

7.21 帝人事件で元商相・中島久万吉を収監

7.25 ドルフス・オーストリア首相暗殺される

7.27 パリで社共両党が反ファシズム統一行動協定に調印

7.- 全国の官吏に官紀振粛を厳達

8.6 陸軍省、在満機関改組原案を発表。同月20日には拓務省原案の発表で両省が対立する。9月14日、閣議で改革案を承認、関東軍特務機関の業務開始につながる

8.6 熊本県藤富村ほか3カ村の農民600人騒擾、知事官邸を襲撃

8.19 ドイツでヒトラーが総統に就任

8.31 米穀対策調査会設置

9.5 東京市電の赤字解消のため1万人解雇し、大幅減給のうえ再雇用などの整理案に反対して1万1000人がスト決行。15日強制調停委員会設置、17日スト中止

9.13 全国米穀取引所大会、国家賠償陳情要請

9.18 ソ連、国際連盟に加入

9.21 室戸台風。関西一帯が大暴風、死者2500人、行方不明500余人、負傷者8000余人、全壊家屋3万4500余戸など被害総額10億円

10.1 陸軍省が「国防ノ本義ト其強化ノ提唱」を頒布(陸軍パンフレット)、国防を主張

10.12 災害救済のため臨時議会召集を決定

10.15 中国共産軍、瑞金を出て大西遷長征を開始

10.19 閣議、東北冷害調査機関の設置を承認

10.- 帝国農会発表、1934年度農村被害実額4億5000万円

11.1 大連-新京間に直通列車特急「あじあ号」が運転を開始

11.2 ベーブ・ルースら米大リーグ選抜野球チーム来日

11.10 国民政府軍、瑞金を占領

11.13 満州国石油専売法公布。米、英、オランダが抗議

11.18 日本労働組合全国評議会結成、全労など12団体58組合1万3000人加入

11.20 士官学校事件。陸軍青年将校のクーデター計画暴露

11.28 第66回臨時帝国議会開会

11.- 国民政府軍、瑞金を占領

11.- 伊・エチオピア間に紛争おこる

12.1 丹那トンネル(7841メートル)開通。東海道本線は熱海経由となり11.7キロ短縮、列車も30分早くなる

12.8 日米国際無線電話開通(9日業務開始)

12.10 災害救済予算公布

12.26 第67回帝国議会開会

12.26 東北振興調査会設置

12.29 ワシントン海軍軍縮条約廃棄を米国政府あて通告、日本、国際的に孤立

国際的な状況はなお悪化、やがてくる暗雲が現実のものとして想像できるまでに大きく異様な姿を現します。

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