阿部定事件は狂気か、それとも背徳か - 1936年(昭和11年)

阿部定事件は狂気か、それとも背徳か – 1936年(昭和11年)

阿部定(あべ・さだ)は芸者でした。

阿部定

この年5月、愛人石田吉蔵の局部を切り取ってハトロン紙に包んで身につけ、現場に「定吉二人キリ」という血書を残して逃走します。

2日後には逮捕されました。

2・26事件後の戒厳令下の首都で起こった「猟奇殺人」事件は、センセーショナルに報道され、大きな話題となったのです。

取り調べや裁判で「好きな男のものを好くのは当たり前です」と異常性を否定しましたが、懲役6年の判決を受け、控訴せずに服役しました。

阿部定は東京下町の畳屋に生まれました。10代半ばごろから浅草界隈を遊び歩くようになり、持て余した父親に売られたのです。

男相手の商売で一度懲りさせれば素行も改まり、謝って戻ってくるだろう、という算段だったらしいです。しかし自分を花街に世話した男と関係ができ、持ち前の気前のよさで稼ぎのほとんどを彼の家族の生活につぎ込む有様でした。

関東大震災をきっかけに娼婦となり、各地を転々とします。その後、石田が経営する料理屋の住み込み女中となり、妻子ある石田と恋仲にまでなりました。

人目を忍んで待合に2人で2週間居続けた後、石田を独占するにはこうするしかないと、首を絞めました。

東京都生まれ(1905年~生死不明)。

1936年はどんな時代であったのか。

■事件/尾去沢三菱鉱山貯水池ダム決壊、死者250人。陸軍造兵廠長・植村中将涜職事件。ひとのみち教団検挙

■世相/スフ増加。東京消防に救急車配置。赤バイを白バイと改称。エアガール採用

■企業/石油販売統制会社設立

■軍事/96式迫撃砲制定。耐爆弾鋼板の研究開始

■文化/ヒューマニズム論・インテリ批判おこる。新京浜国道開設着工

■科学技術/超々ジュラルミン発明。化学機械協会創立

■文芸/阿部知二「冬の宿」。堀辰雄「風立ちぬ」。岡本かの子「鶴は病みき」。北条民雄「いのちの初夜」。坪田譲治「風の中の子供」

■音楽/シャリアピン来日

■芸能/初の「団菊祭」。築地座解散。テアトル・コメディ解散

■映画/「浪華悲歌」。「祇園の姉妹」。「人生劇場」。「家族会議」。「一人息子」。「赤西蠣太」。「新しき土」(日独合作)。フランス映画流行

■スポーツ/海外(マニラ)からスポーツ実況初放送

■新聞/「時事新報」廃刊。漫画登場

■出版/「人民文庫」、「国文学、解釈と鑑賞」創刊。冨山房「国民百科大辞典」完成。「大日本外交文書」刊行開始

■流行歌/忘れちゃいやよ。東京ラプソディ。男の純情。とんがらがっちゃ駄目よ。ああそれなのに。椰子の実。春の唄

■流行語/今からでも遅くはない。準戦時体制。

1936年の主な出来事。

雪の帝都を震撼させた2・26事件の目的は軍部独裁政治へ途を開くことにありましたが、結果は軍閥ファシズム機構の確立に終わりました。

軍部大臣現役制が復活し、以後、軍部が内閣の死命を制することになります。

「基本国策要綱」では日・満・華3国間の緊密な提携を強調します。陸軍の行政機構改革案には議会・政党を完全に抑える野望がみられました。

関東軍の起こした綏遠事件は失敗に終わり、突発した西安事件を契機として国共合作・抗日統一戦線が形成され、日中関係は緊張の度を加えていきました。

1936年(昭和11年)

2・26事件について伝えた1936年2月27日の記事

2・26事件について伝えた1936年2月27日の記事

1.15 政府、ロンドン軍縮会議脱退を通告、無制限建艦競争始まる

1.15 日本労働総同盟と全国労働組合同盟が合併して全日本労働総同盟を結成(会長・松岡駒吉、副会長・河野密、西尾末広)

1.17 労農無産団体、労働組合法・小作法獲得労農大会を開催

1.21 衆議院、政友会による岡田啓介内閣不信任案提出で解散

2.4 東京地方暴風雪、首都交通機関途絶、54年ぶりの大雪(23日、再び大降雪)

2.5 日本職業野球連盟7チームで結成。2月9日、巨人対金鯱が最初の試合(名古屋)

2.7 社大党首・安部磯雄、ファッショ排撃声明と新議会政治建設を表明

2.9 三菱重工業、木炭自動車の製造開始

2.12 満蒙国境ボイル湖西方で外蒙軍と関東軍衝突

2.16 スペイン総選挙で人民派が勝利、19日左翼内閣誕生

2.20 第19回衆議院総選挙(民政党205、政友会171、昭和会22、社会大衆党18、国民同盟15)

2.21 美濃部達吉、自宅で右翼に襲われ負傷

2.26 2・26事件。未明、雪をおかして陸軍青年将校ら1400余人の将兵が重臣および朝日新聞社を襲撃、その後、永田町一帯を占拠。政府は即時軍隊を出動し反乱軍を包囲、新聞・ラジオなど通信機関を一切停止。斎藤実内大臣、渡辺錠太郎教育総監、高橋是清蔵相らが殺害され、鈴木貫太郎侍従長は重傷。夜、岡田啓介内閣総辞職

2.27 東京市内に戒厳令布告(7月18日解除)、香椎浩平中将、戒厳司令官に新任、戒厳司令部を軍人会館に設置。29日「兵に告ぐ」をラジオ放送、反乱軍帰順

3.7 ドイツのヒトラーがロカルノ条約廃棄を宣言し、ラインラント非武装地帯に進駐

3.9 広田弘毅内閣成立。陸軍、組閣に干渉し自由主義一掃・革新断行を要求

3.10 戒厳司令部、2・26事件民間側関係者150人の検挙を発表

3.12 枢密院議長に平沼騏一郎就任

3.13 内務省、大本教に解散命令。5月18日綾部の本殿を強制破壊

3.24 内務省、メーデー禁止を通達

3.25 英・米・仏ロンドン軍縮協定成立

4.19 愛国労働組合全国懇話会結成

5.4 第69回特別帝国議会開会

5.7 斎藤隆夫、衆議院で粛軍演説

5.9 2・26事件を理由に内務省警保局、特高課・治安警察の拡充強化を決定

5.12 イタリア、エチオピア併合を宣言

5.13 モンゴルの徳王、日本の支援で内蒙古自治政府樹立

5.15 華北駐屯軍、兵力強化を発表

5.18 陸海軍大臣・次官の現役武官制復活

5.18 阿部定事件起きる。20日逮捕

5.25 中野正剛ら東方会を結成

5.26 産繭処理統制法公布(12月1日一部施行)

5.27 商工組合中央金庫法公布(6月20日施行)

5.27 東北興業株式会社法、東北振興電力株式会社法公布

5.28 米穀自治管理法公布(9月20日施行)、重要産業統制法改正公布

5.29 重要肥料業統制法公布(11月15日施行)、自動車製造事業法公布(7月11日施行)

6.4 仏ブルム人民戦線内閣成る

6.9 電力国家管理案発表、財界動揺

6.15 不穏文書臨時取締法公布施行

6.25 オーストラリアに対し通商擁護法を発動

7.10 コム・アカデミー事件。平野義太郎ら講座派学者・教授・雑誌「文芸街」など左翼文化団体関係者の一斉検挙

7.11 ドイツ・オーストリア軍事協定成立

7.17 スペイン、フランコ将軍の革命起きる(スペイン内乱)

7.20 東京、横浜、川崎3市連合防空演習を実施

7.27 陸軍航空兵団司令部令・戦車学校令公布(8月1日実施)

8.1 ベルリン五輪開幕(16日まで)。前畑秀子、田島直人、孫基禎が金メダル

8.5 内務省発表、昭和10年度小作争議件数5004件(小作争議発生以来の最高)

8.7 5相会議「国策の基準」を決定

8.17 岡山県の国立らい療養所長島愛生園の患者1000人ハンスト

8.24 大毎特派員ら2人、成都で抗日団に殺害される(成都事件)

8.25 国策閣議、庶政一新の7大国策14項目を決定、発表

9.10 陸軍工廠労働者の組合加入・団体行動を禁止。社会大衆党など反対声明

9.15 日華関係調整のため川越・張南京会談開始

9.21 寺内寿一陸相、首相に省廃合などの行政機構改革大綱を提出

9.25 帝国在郷軍人会令公布(10月11日施行)

9.25 全国地方銀行協会設立

9.26 フランス、フラン切り下げ、金本位制停止

9.28 ひとのみち教団教祖を少女暴行容疑を理由に検挙

10.7 東北興業・東北振興電力両会社設立

10.8 商工組合中央金庫設立認可

10.17 橋本欣五郎ら、大日本青年党結党

10.31 鉄道疑獄、内田信也元鉄相を召喚

10~11月 関東軍の援助で綏遠に進出した内蒙古軍が中国軍に大敗(綏遠事件)、抗日運動激化

11.3 米大統領にルーズベルト再選

11.7 スペイン人民政府、マドリード撤退

11.7 帝国議会議事堂新築落成式

11.18 ドイツとイタリア、スペインのフランコ政権を承認

11.20 思想犯保護観察法公布施行

11.25 日独防共協定、ベルリンで締結。28日社会大衆党・労農無産協議会が反対声明

12.3 綬遠事件のため川越・張会談打ち切り

12.5 人民戦線運動弾圧、全国で1000余人検挙、起訴225人

12.5 ソ連、スターリン憲法採択

12.10 英エドワード8世の退位を正式発表(シンプソン夫人事件)

12.11 上野-松戸間省線電車開通

12.12 西安事件。西安で張学良が抗日戦継続指令に来た蒋介石を監禁、内戦停止・抗日実行などを要求。国共合作始まる。25日蒋介石、張学良との妥協なって洛陽に生還(26日南京に帰着)

12.26 第70回帝国議会開会

12.26 日濠通商紛争解決

12.31 ワシントン・ロンドン海軍軍縮条約が失効

まさに運命ともいうべき、2・26事件が起こった年です。

もはや日本に、戻る道は残されてはいませんでした。破滅への片道切符を手に入れたのです。

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