226事件の北一輝が刑死した年 - 1937年(昭和12年)

226事件の北一輝が刑死した年 – 1937年(昭和12年)

北一輝(きた・いっき)は、国家社会主義者でありました。

北一輝この年8月、2・26事件を指導した罪で刑死します。刑場で、ともに死刑となった西田税から天皇陛下万歳を三唱しましょうと誘われましたが、「それにはおよばんでしょう。わたしはやめにします」と答え、射殺されました。

北一輝は佐渡島の海産物問屋の長男として生まれました。1905年に上京し、早稲田大学の聴講生となり、翌年、『国体論及び純正社会主義』を自費出版します。

発禁処分になりますが、社会主義者からも注目され、幸徳秋水や堺利彦らと知り合う機会を得ます。

また、中国革命同盟会に加わり、辛亥革命に参加するために上海に渡ります。帰国後、『支那革命外史』を執筆しました。19年には『日本改造法案大網』を執筆します。

日本を危機に追いつめている資本階級を除去することが急務であるとし、天皇を奉じ戒厳令をしいてクーデターによる革命の実行を訴えました。

右翼や青年将校に大きな影響を与えたのです。

現状打破を求める青年将校たちはこの本をバイブルに、2・26事件を決起しました。

この間、宮中某重大事件、安田生命事件、朴烈怪写真事件などで宮廷や政界のスキャンダルを怪文書で暴露し、体制に揺さぶりをかける運動を行いました。

新潟県生まれ(1883~1937年)。

1937年はどんな時代であったのか。

■事件/関東・東北防空演習実施。死のう団検挙

■世相/千人針。提灯行列。愛国債券売り出し。東京市内うどん・そば(もりかけ)2銭値上げで10銭。将棋名人戦はじまる、初代名人・木村義雄

■企業/日本水産設立。住友鉱業設立

■軍事/97式中戦車・曲射砲制定。97式戦闘機・同重爆撃機制定

■文化/帝室博物館完成。国産キヤノンカメラ発売

■教育/文教審議会設置

■科学技術/日本労働科学研究所(倉敷労働科学研究所を東京に移転改称)。日鉄八幡1000トン熔鉱炉火入れ。理化学研究所、大阪帝国大サイクロトロン完成

■厚生/保健所法。国立結核療養所設立

■女性/家庭防火群組織。ヘレン・ケラー来日

■文芸/島木健作「生活の探求」。間宮茂輔「あらがね」。中野重治「汽車の罐焚き」。豊田正子「綴方教室」。川端康成「雪国」。横光利一「旅愁」。永井荷風「芦東綺譚」。山本有三「路傍の石」。久保栄「火山灰地」

■美術/帝国芸術院創設(帝国美術院改組)

■芸能/国際劇場開場。文学座結成。友田恭助戦死、39歳

■映画/東宝設立。「限りなき前進」。「裸の町」。「風の中の子供」。「真実一路」。「浅草の灯」。「人情紙風船」

■スポーツ/グライダー訓練。日本自転車連盟結成

■放送/NHK聴取者300万突破記念祝賀会開催

■出版/「週報」、「科学主義工業」、「新女苑」創刊。「維新史料綱要」刊行開始。風早八十二「日本社会政策史」。丸岡秀子「日本農村婦人問題」

■流行歌/露営の歌。愛国行進曲。青い背広で。妻恋道中。別れのブルース。赤い帽子白い帽子。かもめの水兵さん

■流行語/最後の関頭。抱合せ。持てる国と持たざる国。国民精神総動員。スフ。

1937年の主な出来事。

軍部と政党との妥協で成立した林銑十郎内閣は短命に終わり、近衛内閣が出現します。国内相剋の緩和と総合的産業5カ年計画樹立のスローガンをかかげました。

しかし、盧溝橋事件の勃発と第2次上海事変で全面的な日中戦争となりました。

9月には統制立法により戦時経済体制への移行を急ぐとともに、国民精神総動員運動を開始し、12月には人民戦線運動に弾圧を加えて国内言論思想統制を強化しました。

12月、南京を陥落しましたが、和平交渉の機会を逸してしまったのです。

1937年(昭和12年)

盧溝橋事件について伝えた1937年7月9日の記事

盧溝橋事件について伝えた1937年7月9日の記事

1.1 退職積立金及び退職手当法実施

1.2 英伊、地中海協定正式調印

1.4 名古屋城の金鯱盗難事件発生

1.8 大蔵省、輸入為替許可制を実施(為替管理を強化)

1.16 鮮満共同による鴨緑江水力発電会社大綱決定、発電能力180万キロワット

1.21 寺内寿一陸相・浜田国松(政友会)の腹切り問答。浜田が議会で軍部攻撃演説、2日間議会停会

1.23 広田弘毅内閣総辞職、軍部と政党対立

1.25 宇垣一成内閣流産。宇垣に組閣下命も陸軍の反対で29日組閣辞退

2.2 林銑十郎内閣成立(軍官僚内閣)

2.5 日本興業銀行、軍需工業へ積極的融資方針を決定

2.11 文化勲章を制定(4月28日第1回受章は長岡半太郎ら)

2.22 軍需景気で東京株式市場の取引高142万株(創業以来最高記録)

3.18 日本無産党結党、委員長・加藤勘十

3.30 文部省編「国体の本義」出版

3.31 軍の圧力で予算成立後の議会最終日に衆議院が突如解散(食い逃げ解散)

3.31 アルコール専売法公布(4月1日施行)

4.1 ビルマのインドからの分離発効

4.1 東京-札幌間定期航空開始

4.5 小運送業法公布(10月1日施行)、日本通運会社法公布(即日施行)

4.6 内務省、警察部長会議に言論取り締まり強化方針を指示

4.6 海軍燃料廠令公布(即日施行)

4.6 朝日新聞社渡欧機「神風」立川を出発、9日ロンドン着。1万5357キロを94時間17分56秒で飛ぶ

4.9 日蘭通商協定成立

4.9 東京自動車工業(いすゞ自動車の前身)設立

4.12 日印通商新協定成立

4.14 内務省、メーデー禁止を各府県知事に通達

4.19 内閣に情報部新設を決定

4.26 独空軍、ゲルニカを爆撃

4.30 第20回総選挙(民政党179、政友会175、社会大衆党37、昭和会19、国民同盟11、日本無産党1で無産派当選39人は最高)

5.4 大蔵省に為替局新設

5.14 企画庁設置

5.28 民政・政友両党、林内閣の即時退陣要求

5.31 林内閣総辞職

6.4 第1次近衛文麿内閣成立「国内相剋・軍官民対立の一掃」を強調、人気わく

6.15 日満一体・生産力拡充・国際収支の適合・物資需給調整の総合的産業5カ年計画樹立を閣議決定

7.7 盧溝橋事件発生。北京西南郊外盧溝橋で日華兵衝突、日華事変起きる(日中戦争のはじまり)

7.11 政府、華北出兵を声明(北支事変)

7.12 国民政府、江西廬山会議で抗日決戦を決定し中央軍に動員令

7.15 廬山で蒋介石・周恩来会談

7.17 中国に事件不拡大方針の覚書手交

7.19 華北駐屯日本軍、独自行動の声明

7.21 文部省に教学局設置

7.25 第71回特別帝国議会開会

7.27 政府、北支事変に関し自衛行動を声明

7.28 華北駐屯軍、明け方から総攻撃開始

7.29 中国河北省通州で婦女子を含む日本人260人虐殺される(通州事件)。対華世論激高

8.6 米ソ通商協定締結

8.8 日本軍、北京入城

8.9 第2次上海事変。上海で国民軍正規兵が日本海軍将校ら2人を射殺、13日日華両軍戦闘開始

8.10 人造石油製造事業法公布(1938年1月25日施行)

8.13 製鉄事業法公布(9月22日施行)

8.14 陸軍軍法会議が2・26事件民間関係者に判決。北一輝、西田税ら死刑(19日死刑執行)

8.14 貿易組合法公布(9月10日施行)

8.14 百貨店法公布(10月1日施行)

8.15 緊急閣議で日華事変の現地解決不拡大方針を放棄、断固膺懲の声明発表、全面戦争に突入

8.15 海軍機、南京および南昌へ最初の渡洋爆撃

8.21 中国、ソ連と不可侵条約を締結(29日発表)

8.22 国民政府、華北の共産党軍で第8路軍を編成

8.27 トヨタ自動車工業会社設立

9.2 北支事変を「支那事変」と命名

9.4 第72回臨時帝国議会開会

9.10 戦時経済体制へ移行。輸出入品等に関する臨時措置法・臨時資金調整法・臨時船舶管理法・軍需工業動員法の適用に関する法律などの戦時統制3法公布

9.15 初の日華事変国庫債券1億円発行

9.23 中国で第2次国共合作成る

9.25 内閣情報部設置

9.28 日本婦人団体連盟結成

10.1 防空法実施、臨時船舶管理法施行

10.1 日本通運株式会社設立

10.6 国際連盟総会で日本の侵略行為を非難

10.10 京都-大阪-神戸間省線電車開通

10.11 ステープル・ファイバー(スフ)等混用規則公布

10.12 国民精神総動員中央連盟創立大会

10.18 全日本労働総同盟、事変中のスト絶滅を期すと、戦争支持を決議

10.25 企画庁と資源局が統合、企画院設置

11.3 ブリュッセルで日華事変に関する9カ国会議開催、日本糾弾を宣言

11.4 戦艦「大和」を呉工廠場で起工(1941年12月16日竣工)

11.5 陸軍部隊が杭州湾敵前上陸敢行

11.5 在南京トラウトマン・ドイツ大使の日華和平工作始まる

11.6 日独伊防共協定、ローマで調印

11.9 太原陥落、大上海包囲完成

11.15 社会大衆党、国民意識の高揚を基調とする改正綱領を決定

11.17 軍令による「大本営令」制定(戦時大本営条例を廃止)

11.20 宮中に大本営を設置

11.25 臨時肥料配給統制法施行

11.- 国民政府、重慶遷都を決定

12.1 東京帝国大経済学部教授・矢内原忠雄、反戦的筆禍事件で辞表提出、4日辞任

12.2 スペイン新政府成立、フランコ将軍が統領に就任

12.10 南京総攻撃始まる

12.10 教育審議会官制公布施行(文教審議会廃止)

12.11 イタリアが国際連盟を脱退

12.12 日本海軍機、南京攻撃で米の砲艦パネー号を撃沈(パネー号事件)

12.13 南京城を完全占領、南京虐殺事件起きる

12.14 北京で王克敏らを中心に中華民国臨時政府を樹立

12.15 人民戦線第1次検挙、山川均、猪俣津南雄ら約400人

12.22 日本無産党、日本労働組合全国評議会に解散命令

12.23 外相、ディルクセン・ドイツ大使に対華和平条件提示(ドイツの和平仲介)

12.26 第73回帝国議会開会

12.27 満州重工業開発株式会社設立、総裁・鮎川義介

強い日本はしょせん、虚勢でしかなかったのかもしれません。

いずれにしても、日本は坂道を転がる石のようだったに違いありません。終点に何が待ち構えていたのか、当時の人たちには知る由もなかったでしょう。

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