岡田嘉子が恋の樺太逃避行 - 1938年(昭和13年)

岡田嘉子が恋の樺太逃避行 – 1938年(昭和13年)

岡田嘉子(おかだ・よしこ)は女優でした。

岡田嘉子しかし芸能活動よりも「恋の樺太逃避行」で知られた女性です。

この年1月、愛人で演出家の杉本良吉と共に樺太で国境を越え、消息を絶ったのです。

岡田嘉子は、山田隆弥主宰の舞台協会公演「出家とその弟子」で新劇界のスターとなり、映画にも進出しました。

1927年、内縁関係にあった山田を捨て、撮影中の相手役・竹中良一と失踪、そして結婚します。

ところが36年には杉本と恋に落ち、共産党員の杉本が軍隊に召集されることを恐れて、ソ連への越境を提案したのです。

その後、52年になってモスクワ放送局で日本語アナウンサーをしていることが判明します。同僚の日本人と結婚し、念願のモスクワの国立演劇総合大学で演出を学びました。

72年に里帰りをします。74年から主に日本に滞在しました。

映画「男はつらいよ・寅次郎夕焼け小焼け」のほか、舞台やテレビにも出演しました。86年に帰国し、亡命直後の状況について口を閉ざしたまま、他界します。

没後、収容所で書いた直筆の嘆願書が見つかります。

当時、ソ連側から拷問に近い取り調べを受けてスパイの自白を強いられ、10年の刑を受けていたほか、岡田の自白がもとで、杉本も自らをスパイと認めて、39年の銃殺につながったことが判明しました。

広島県生まれ(1902~92年)。

1938年はどんな時代であったのか。

■事件/ヒトラー・ユーゲント来日。阪神地方豪雨、神戸布引水源池決壊し東海道・山陽線6日間不通

■世相/綿製品禁止。文士従軍。国営職業紹介所創立。代用品流行。円タク、メーター付きに

■企業/国策パルプ工業設立。日本ステープル・ファイバー協会設立

■軍事/戦艦「武蔵」起工。98式高射機関砲制定。特殊潜航艇試作

■文化/第一生命ビル竣工。プラネタリウム完成。日独文化協定

■教育/満州国立建国大学開校。全国農学校の暑休廃止

■宗教/大日本回教協会創立

■科学技術/科学審議会設置。科学振興調査会設置。日本鋼管、トーマス転炉竣工。企画院、S型工作機械の設計図を公開

■厚生/愛育研究所開設

■女性/久米愛子ら最初の女性弁護士。「キュリー夫人伝」(訳)刊

■文芸/中河与一「天の夕顔」。本庄睦男「石狩川」。岸田国士「暖流」。火野葦平「麦と兵隊」。石川達三「生きてゐる兵隊」。小川正子「小島の春」。中山義秀「厚物咲」

■芸能/新協「火山灰地」。入場税法実施

■映画/理研科学映画設立。「五人の斥候兵」。「路傍の石」。「綴方教室」。「愛染かつら」。「母と子」。「阿部一族」。記録映画の進出(「上海」、「南京」、「北京」)

■出版/「写真週報」、「知性」創刊。「岩波新書」、「創元選書」発刊

■流行歌/旅の夜風。支那の夜。上海だより。雨のブルース。満州娘。海ゆかば

■流行語/対手とせず。大陸の花嫁。買いだめ。

1938年の主な出来事。

政府は3月、国内戦時体制強化のため、国家総動員法と電力国家管理法を強行制定します。勅令で物的・人的資源を運用する権限と、動力源を通じて、軍需産業を意のままに統制することとなりました。

徐州作戦は収拾できず、10月以降、武漢三鎮と広東を占領しましたが、国民政府は重慶に遷都して抗戦を続け、以後7年間の長期戦を余儀なくされるに至ったのです。

北京・南京の傀儡政権の樹立や、汪兆銘の和平運動はかえって英米を刺激、国民政府との和平は、ほぼ絶望視されました。

1938年(昭和13年)

「恋の樺太逃避行」について伝えた1938年1月6日の記事

「恋の樺太逃避行」について伝えた1938年1月6日の記事

1.1 母子保護法施行

1.3 女優の岡田嘉子が演出家の杉本良吉と、雪原の樺太国境を越えてソ連に亡命

1.10 海軍陸戦隊、青島を占領

1.11 御前会議で「支那事変処理方針」を決定

1.11 厚生省新設

1.15 朝鮮人志願兵制許可に決定

1.16 近衛文麿内閣、「爾後国民政府を相手とせず」との対中国重大声明を発表

1.17 軍需工業動員法発動

1.29 特許収用令公布(即日施行)

2.1 人民戦線第2次検挙。大内兵衛ら労農派グループ・教授グループ30余人

2.10 綿業に画期的統制(製品と原綿輸入のリンク制)実施

2.12 唯物論研究会、解散を声明

2.26 「内鮮一体」をスローガンにして、朝鮮で志願兵令を公布

3.3 衆議院の委員会で国家総動員法を審議中、佐藤賢了陸軍省軍務課員が「だまれ」と叱咤して大混乱に、問題化

3.7 揮発油および重油販売取締規則公布実施(切符制採用)

3.13 ヒトラー総統、ドイツ・オーストリア併合を宣言

3.23 国家総動員法審議中、西尾末広議員が茶番劇演説を行ったとして議員除名処分

3.26 商店法公布

3.28 中華民国維新政府(日本の傀儡)、南京に成立(行政院長・梁鴻志)

3.28 石油資源開発法公布(8月1日施行)

3.29 メーデー全面的禁止を決定

3.29 有価証券業取締法公布(7月1日施行)

3.30 工作機械製造事業法公布(7月11日施行)、航空機製造事業法公布(8月30日施行)

3.31 支那事変特別税法、臨時租税措置法公布(4月1日施行)

4.1 国家総動員法公布(5月5日施行)

4.1 国民健康保険法公布(7月1日施行)

4.2 農地調整法公布(8月1日施行)

4.4 灯火管制規則公布

4.6 電力国家管理法、日本発送電会社法公布(8月1日施行)

4.14 全日本労働総同盟が資本家と協同、三位一体の三協倶楽部設立

4.28 ロンドンで英仏会談、事実上の軍事同盟成る

4.30 北支那開発・中支那振興会社法公布施行

5.1 重要産業統制令改正実施、ガソリン切符制となる

5.2 日・英・中国海関協定成立

5.4 工場事業場管理令公布(5月5日施行)

5.14 ルーズベルト米大統領、中華民国新政権不承認を声明

5.15 東京帝国大航空研究所の長距離機、周回飛行で1万1651キロを飛び、滞空62時間22分49秒の世界新記録

5.19 日本軍、徐州を完全占領

5.26 内閣大改造、外相・宇垣一成、蔵相兼商相・池田成彬、厚相・木戸幸一。軍人文相(荒木貞夫)出現、第1声の東京帝国大総長官選発言は問題となり、のち撤回

6.10 重要鉱物増産法施行

6.11 海軍、漢口作戦を開始

6.15 大リーグのジョニー・バンダ・ミーアが史上初の2試合連続ノーヒット・ノーラン

6.20 鉄鋼配給統制規則公布(7月1日切符制施行)

6.23 政府、企画院作成の物資需給動員計画を採用、使用制限33品目発表

6.27 東京地方に60年来の豪雨

6.29 輸出綿糸布確保のため、内地向け綿製品の製造・加工・販売制限等規則公布

7.7 日華事変1周年記念日。勅語下賜、1戸1品献納・1菜主義・不買デーなど

7.11 張鼓峰で日ソ軍衝突、日本軍苦戦。8月10日現状維持のまま停戦協定成る

7.26 宇垣・クレーギー英大使会談

7.29 経済保安警察制度創設

7.30 産業報国連盟創立

8.4 国民政府、武漢(漢口)から重慶に移転

8.7 物資総動員計画による失業者39万人、10月5日厚生省が臨時失業対策部設置

8.12 新聞用紙制限令発令

8.26 東京交通労組、産業報国会に改組

9.1 関東地方に台風、風速31メートル、死者99人、全壊家屋1500余戸、国私鉄18線不通

9.14 満独通商協定正式調印(6月1日に遡及)

9.15 英首相チェンバレン、ドイツ総統ヒトラーとチェコ問題で会談

9.22 政府、国際連盟事務局の招請拒絶

9.27 陸軍省、新聞班を情報部と改称

9.29 英・仏・独・伊、ミュンヘン巨頭会談

9.30 宇垣一成外相辞任

10.1 ドイツ軍、ズデーテン進駐

10.1 石炭配給統制規則施行

10.5 東京帝国大教授・河合栄治郎「社会政策原理」など4著書発売禁止

10.6 北海道夕張炭鉱でガス爆発、死者87人、行方不明67人

10.12 日本軍、南中国バイアス湾敵前上陸

10.21 日本軍、広東を占領

10.27 日本軍、武漢三鎮を完全占領

11.1 高文司法科試験に女性3人が初合格

11.2 農業報国連盟発会式、会長・有馬頼寧

11.3 東亜新秩序建設、武漢陥落後の新体制に政府が方針声明

11.5 恩賜財団軍人援護会設立

11.16 英仏、イタリアのエチオピア領有を承認

11.17 英米互恵通商協定成る

11.28 大日本航空株式会社設立(日本航空輸送・国際航空両社合併の独占機関)

12.6 独仏不可侵条約調印

12.16 興亜院設置

12.20 汪兆銘、重慶から仏印(ベトナム)ハノイに脱出、30日蒋介石に対日和平勧告の声明発表

12.22 近衛首相、日中国交調整につき近衛3原則を表明(第3次近衛声明)

12.26 第74回帝国議会開会

12.- 商工省発表、転業工業組合数821

国際情勢はさらに予断を許さない状態に突入しました。

徐々に日本は追い詰められていくのですが、不思議なことにそれに気づいている者は、少数の限られた知識人だけだったのかもしれません。

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