双葉山定次は昭和の大横綱でした - 1939年(昭和14年)

双葉山定次は昭和の大横綱でした – 1939年(昭和14年)

双葉山定次(ふたばやま・さだじ)は相撲界にとって、不世出の力士です。

双葉山定次前人未到の69連勝の大記録を樹立します。この年1月に新鋭・安芸ノ海にまさかの敗北を喫するまで、5場所連続の優勝を飾りました。

軍国精神にふさわしいスポーツとされた「国技・大相撲」の人気も絶頂に達し、日本の新しい英雄となったのです。

あくまで受けて立つ相撲で、容貌の美しさ、清潔感などが相まって、数々の双葉山神話を生みました。

双葉山定次は父が事業に失敗し、15歳で上京して立浪部屋に入門します。子どものころのけがのせいで右目が見えないハンディを背負いながら着実に成長しました。

1932年、相撲界の古い体質の改善を求める力士たちが決起し、大挙脱退した「春秋園事件」を契機に飛躍を遂げます。

番付上位力士が大量に欠けたため、十両から一躍西方幕の内に引き上げられました。

日本が敗戦の年に引退声明し、日本国家の敗北と自身の体力の限界という二重の自己否定に迫られたショックで、新興宗教・璽宇教へ迷い込みます。

47年、この本部が警察の手入れを受けたとき、教祖を守ろうとして抵抗し、保護されました。

その後、璽宇教と決別、相撲協会首脳部に復帰し、大相撲の改革に手腕をふるいました。

大分県生まれ(1912~68年)。

1939年はどんな時代であったのか。

■事件/反英米運動。大阪枚方陸軍火薬庫爆発、死傷者600人。照国丸、英国東海岸で爆沈

■世相/米穀取引所廃止。パーマネント禁止。鉄製品回収はじまる

■企業/日本軽金属設立。日本鋼材販売会社設立

■軍事/99式山砲・高射砲制定。零戦試作

■文化/帝国芸術院賞創設。京都帝国大人文科学研究所設置。日伊文化協定

■宗教/宗教団体法公布(1940年4月施行)

■科学技術/第2回10大発明家に賜餐。満鉄撫順工場、石炭液化の工業化に成功

■厚生/結核予防会創立

■女性/棚橋絢子死去、101歳

■文芸/高見順「如何なる星の下に」。井伏鱒二「多甚古村」。中野重治「歌のわかれ」。堀辰雄「かげろふの日記」

■音楽/大日本音楽著作権協会設立

■芸能/新協「石狩川」。能狂言「大原御幸」の上演禁止。岡本綺堂死去、66歳。泉鏡花死去、65歳

■映画/「土と兵隊」。「上海陸戦隊」。「土」。「残菊物語」。「兄とその妹」。「暖流」

■スポーツ/体力章検定

■出版/上田広「建設戦記」。日比野士朗「呉淞クリーク」

■流行歌/父よあなたは強かった。九段の母。愛馬進軍歌。上海の花売り娘。あの子はたあれ。兵隊さんよありがとう

■流行語/複雑怪奇。日の丸弁当。総親和。靖国の母。ヤミ。禁制品。

1939年の主な出来事。

ナチス・ドイツの、日独伊軍事同盟への切り替え要求をめぐる閣内意見対立で、1月、近衛内閣は退陣します。

代わった平沼内閣も満蒙国境のノモンハン事件の惨敗を経て、突然の独ソ不可侵条約になすところなく、「複雑怪奇」の声明を出して退陣しました。

続く阿部内閣は成立後3日で第2次世界大戦勃発に直面し、「大戦に介入せず」と表明しましたが、無策は隠せず、日常生活品の不足とヤミ価格の急騰防止に一応の手を打っただけで、4カ月後に総辞職しました。

1939年(昭和14年)

ノモンハン事件停戦協定について伝えた1939年9月17日の記事

ノモンハン事件停戦協定について伝えた1939年9月17日の記事

1.4 近衛文麿内閣総辞職、5日平沼騏一郎内閣成立、近衛は無任所大臣に

1.7 企画院・大蔵・商工・陸海軍・宮内省などの進歩分子、検挙される

1.7 国民職業能力申告令公布

1.15 新橋-渋谷間に地下鉄開通

1.15 5場所全勝の横綱双葉山、安芸ノ海に敗れ69連勝でストップ

1.25 警防団令公布(4月1日施行)

1.28 平賀譲東京帝国大総長が、河合栄治郎・土方成美両教授の処分を上申、30日休職反対の13教授が辞表提出

2.7 対満事務局、1936~38年までの対満投資額合計130億円と発表

2.9 社会大衆党と東方会の両党首脳、合同して新党結成の共同声明発表。22日新党結成中止の共同声明

2.10 日本陸海軍、海南島に敵前上陸

2.27 英仏、スペインのフランコ政権を承認

3.25 軍用資源秘密保護法公布(6月26日施行)

3.27 日本放送協会技術研究所、国産テレビジョン実験放送に成功(有線。5月13日無線放送に成功)

3.27 日本軍、南昌を占領

3.28 スペインのフランコ政権、日独伊防共協定に参加

3.28 スペイン、マドリード陥落(スペイン内戦終わる)

3.30 大学の軍事教練、必須科目に

3.31 賃金統制令公布(4月10日、外地8月1日施行)

4.1 米、フランコ政権を承認

4.1 会社利益配当および資金融通令・同施行細則公布(4月10日施行)

4.1 日本発送電会社設立

4.1 名古屋帝国大開学

4.2 日ソ暫定漁業協定妥結

4.5 映画法公布(10月1日施行)。製作本数の制限、製作の許可制、シナリオの事前検閲制

4.7 イタリア、アルバニア占領・併合

4.12 米穀配給統制法公布(10月1日施行)

4.19 青年学校義務制となる

4.26 満蒙開拓「鍬の戦士」10万人の第1期計画。農村青年6000人・学生3000人

4.28 ドイツ、ポーランドとの不可侵条約・独英海軍協定の廃棄を声明

4.30 政友会総裁に中島知久平就任

5.5 金買い上げ運動、鉄製品回収始まる

5.5 閣議で物価統制大綱を承認、挙国協力要望の平沼首相談発表

5.11 ノモンハン事件。ソ満国境ノモンハンで日ソ両軍が衝突。8月20日第23師団壊滅

5.20 政友会臨時大会、久原房之助を正式総裁に。総裁が2人出現(久原派を正統派、中島派を革新派と呼ぶ)

5.22 独伊軍事同盟締結

6.1 昭和電工株式会社設立(昭和肥料と日本電気工業が合併)

6.4 中小商工業者の大陸移住策決定

6.6 各学校あて「修文練武」を訓令

6.7 満蒙開拓青少年義勇軍2500人の壮行会

6.14 日本軍、天津の英仏租界を封鎖

6.16 国民精神総動員委員会、遊興営業の時間短縮・ネオン全廃・パーマネント廃止など生活刷新案を決定

6.16 ソ華新通商協定成立

6.27 日本軍、温州、福州を占領

6.27 ソ満国境ボイル湖上で日ソ空中戦(ノモンハン事件)

7.1 東京芝浦電気会社設立(東京電気と芝浦製作所が合併)

7.15 国民徴用命・同施行規則施行

7.15 東京で有田・クレーギー日英会談開始(8月21日決裂)

7.15 東京朝日、東京日日、読売など新聞10社、英国による蒋介石への援助は「遺憾」で、「断乎これを排撃する」との共同宣言を発表

7.26 米、日米通商航海条約廃棄を通告(1940年1月26日失効)

7.29 日独貿易協定仮調印

8.20 外蒙国境ハルハ河畔で日ソ両軍3度衝突。日本軍壊滅(ノモンハン事件)

8.23 独ソ不可侵条約、モスクワで調印

8.24 渇水と石炭不足で電力飢饉、全国に電力供給制限断行

8.26 世界一周国産機「ニッポン」号(96式陸攻)羽田出発、10月20日成功帰着

8.28 独ソ不可侵条約の公表に「複雑怪奇」の言葉を残して平沼内閣総辞職

8.30 陸軍大将・阿部信行内閣成立

9.1 蒙古連合自治政府、張家口に成立、主席・徳王

9.1 ドイツ軍、ポーランド侵攻

9.1 興亜奉公日を制定(毎月1日)

9.3 英仏がドイツに宣戦布告、豪州・エジプトも対独宣戦(第2次世界大戦はじまる)

9.4 政府、欧州戦争に介入せずと宣言

9.5 米、欧州戦争に中立を宣言

9.8 ドイツ軍、ワルシャワに侵入

9.15 東郷・モロトフ日ソ会談でノモンハン事件停戦協定成立

9.17 ソ連、ポーランド侵攻開始

9.18 独ソ間ポーランド分割協定成立

9.19 閣議、「9・18停止価格」を決定(物価、運賃、賃金に関し1939年9月18日の水準を超えた引き上げを禁止。10月20日施行)

9.21 汪兆銘が新中央政権樹立を声明

9.27 ドイツ軍の空爆でワルシャワ陥落

9.30 日満直通電話(東京-奉天間)開通

10.1 石油、配給制となる

10.20 価格統制令実施。諸物価、運賃、賃金など9月18日の水準にくぎづけ。地代家賃統制令実施

11.4 対米国交調整のため野村外相・グルー大使の日米東京会談

11.4 米、新中立法(交戦国に武器販売許可)成立

11.11 兵役法施行令改正公布、即日実施。第3乙種設定・短期現役制廃止

11.24 日本軍、南寧占領

11.30 ソ連、フィンランドと開戦

12.1 白米禁止令実施(米穀搗精制限)

12.6 小作料統制令公布、9月18日の水準にくぎづけ

12.14 国際連盟、ソ連を除名

12.20 総動員物資使用収用令実施

12.25 木炭、配給統制となる

12.26 朝鮮総督府、朝鮮人名を日本式にする「創氏改名」を公布

12.26 第75回帝国議会開会

12.30 汪兆銘側と日華協議書類作成

この年の9月、ついに第2次世界大戦の幕が切って落とされました。

日本にとっては運命の大戦だったに違いありません。

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