ダグラス・マッカーサーが日本にやってくる - 1945年(昭和20年)

ダグラス・マッカーサーが日本にやってくる – 1945年(昭和20年)

ダグラス・マッカーサーはアメリカの軍人でした。

ダグラス・マッカーサーこの年8月、日本を占領統治する連合国最高司令官に任命されて、丸腰にコーンパイプ姿で厚木に進駐しました。

日本の最高権力者として、2000日間在任したのです。

「東洋のスイスたれ」と、日本の民主化に情熱を注ぎました。

諸政策を実施しましたが、なかでも日本の軍国主義復活の最大の歯止めとして、女性の解放を重視します。

女性の力を高く評価した背景には、知的な母から受けた女性観が大きく影響していたといわれています。

1950年、朝鮮戦争が始まると、国連軍総司令官になりますが、中国への戦線拡大を主張してトルーマン大統領と対立しました。翌年解任されて帰国します。「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」の名言を残して引退したのです。

「日本の民主主義の生みの親」として感謝され、国民的な人気を得ました。しかし帰国後、米議会での証言「日本人は12歳の少年」が曲解されて報道されると、自尊心を傷つけられた日本人のマッカーサーに対する尊敬の念は急速にしぼんでいったのです。

米アーカンソー州生まれ(1880~1964年)。

1945年はどんな時代であったのか。

■社会/復員始まる。ヤミ市。メチルアルコール。輪タク。踊る宗教

■文化/森正蔵「旋風二十年」。太宰治「お伽草紙」。高村光太郎「一億の号泣」。火野葦平「悲しき兵隊」。正宗白鳥「文学人の態度」。室伏高信「新生の書」。誠文堂新光社「日米会話手帳」

■流行歌/お山の杉の子。リンゴの歌

■映画/勝利の日まで。伊豆の娘たち。虎の尾を踏む男たち

■流行語/一億玉砕。神州不滅。ピカドン。一億総ざんげ。ノーモア・ヒロシマ。ポツダム少尉。進駐軍。マッカーサーの命により。四等国。パンパン。

1945年の主な出来事。

日本の敗色はますます濃くなり、7月には連合国からポツダム宣言が発表されました。

しかし日本側の終戦工作がもたつく間に、広島・長崎への原爆投下、ソ連参戦があり、徹底抗戦派もついに終戦に傾いたのです。

8月15日「終戦の詔勅」が発せられ、日本の無条件降伏という形で太平洋戦争は終わりを告げました。

日本に進駐した連合国軍総司令部(GHQ)は矢継ぎ早に民主化の指令を出し、戦犯の逮捕、政治犯の釈放、治安維持法の廃止、財閥解体などが実施されました。

1945年(昭和20年)

1.9 米軍、ルソン島に上陸

1.13 三河地震(M7.1)。死者1961人、全半壊1万7000戸

1.25 最高戦争指導会議、決戦非常措置要綱を決定

2.4 ルーズベルト、チャーチル、スターリンがヤルタ会談開催(~11日)。ソ連の対日参戦密約

2.19 米軍が硫黄島に上陸。3月17日守備隊全滅(戦死2万3000人)

3.6 国民勤労動員令公布

3.9 B29が東京を夜間大空襲(~10日)、下町一帯全滅(死傷者12万人、23万戸焼失)。14日大阪大空襲(13万戸焼失)。5月24日東京都内の大半焼失

3.30 大日本政治会結成(翼賛政治会は解消)

4.1 米軍が沖縄本島に上陸。4月7日呉から沖縄に出撃の戦艦大和が九州南方で撃沈される。6月23日本島南部で守備隊全滅。日本側の戦死9万人、一般人死者10万人。米軍戦死1万人

4.5 小磯国昭内閣総辞職。7日鈴木貫太郎(海軍大将)内閣成立。東郷茂徳外相

4.5 ソ連外相モロトフ、駐ソ大使佐藤尚武に日ソ中立条約不延長を通告

4.12 ルーズベルト米大統領死去(63歳)。副大統領トルーマンが昇格

4.16 ソ連軍がベルリン攻撃開始(~5月2日)。30日ヒトラー自殺(56歳)

4.25 サンフランシスコで連合国全体会議開催(~6月26日)。国際連合憲章作成

4.28 イタリアのムソリーニ(61歳)が人民裁判により処刑される

5.7 ドイツが連合国に無条件降伏

5.14 最高戦争指導会議で、対ソ交渉方針決定(終戦工作始まる)

6.8 天皇臨席の最高戦争指導会議、本土決戦方針採択

6.13 国民義勇戦闘隊結成のため、大政翼賛会・傘下諸団体解散

6.23 義勇兵役法公布

6.30 秋田県花岡鉱山で強制労働中の連行中国人がほう起、憲兵・警防団らと衝突、400人以上が殺される(花岡鉱山事件)

7.7 戦時農業団令公布

7.16 米、最初の原爆実験に成功

7.17 トルーマン、チャーチル、スターリンがポツダム会談(~8月2日)。26日ポツダム宣言発表(日本に無条件降伏を要求)

7.28 鈴木首相、ポツダム宣言黙殺を表明

8.6 B29が広島に原子爆弾投下(死者約15万人)。9日長崎に投下(死者約7万人)

8.9 ソ連が、日本のポツダム宣言拒否を理由に、対日宣戦を布告、満州など攻撃開始

8.9 治安維持法違反容疑の戸坂潤(思想家)が獄死

8.10 政府が中立国スイス、スウェーデンを通じて米英中ソにポツダム宣言受諾を申し入れ。12日連合国回答公電が到着(天皇制には直接言及せず)

8.13 御前会議・閣議が連合国の回答をめぐり紛糾。14日天皇裁決で、ポツダム宣言の無条件受諾を決定

8.15 正午、天皇の「終戦の詔書」録音放送。日本が無条件降伏

8.15 鈴木内閣総辞職。17日東久邇稔彦内閣成立。国務相に近衛文麿。外相に重光葵

8.17 陸海全軍に臨時戦闘行為停止、降伏の命令

8.17 インドネシア共和国独立宣言

8.18 満州国皇帝が退位、満州国解消

8.20 灯火管制解除、信書の検閲廃止

8.22 ラジオの天気予報が復活

8.22 尊攘同志会12人が東京・愛宕山で集団自決。各地で右翼の自決が相次ぐ

8.24 皇国義勇軍48人が松江市で降伏反対を訴えて県庁や新聞社を襲撃

8.26 終戦連絡中央事務局官制公布

8.28 連合国軍先発隊が厚木飛行場に到着。30日連合国軍最高司令官マッカーサー元帥が厚木に到着

8.28 連合国軍総司令部(GHQ)を横浜に設置。9月15日、本部を東京・日比谷の第一生命ビルに

9.2 ミズーリ号艦上で、降伏文書調印

9.2 GHQ指令第1号(陸海軍の解体、軍需生産の停止など)発表

9.2 マッカーサーGHQ最高司令官が、北緯38度線を境に米ソによる南北朝鮮の分割占領を発表

9.2 ベトナム民主共和国臨時政府が独立宣言(主席ホー・チ・ミン)、反仏闘争を開始

9.3 英紙記者バーチェット、初めて広島の被爆の惨状を世界に報道

9.6 米が「降伏後における米国の初期の対日方針」を決定

9.9 マッカーサー、対日管理方針声明

9.11 GHQが東条英機ら39人の戦争犯罪人の逮捕を命令(東条は自殺未遂)

9.13 参謀総長、陸相を歴任した杉山元元帥夫妻が自決

9.14 大日本政治会解散

9.17 重光葵外相辞任、後任に吉田茂

9.17 枕崎台風、死者・行方不明2400人

9.19 GHQ、プレスコードに関し覚書

9.20 ポツダム宣言に伴う緊急勅令公布

9.25 世界労働組合連盟(世界労連)を結成。56カ国から6680万人が加盟

9.26 治安維持法違反容疑で逮捕されていた三木清(哲学者)が豊多摩刑務所内の拘置所で獄死

9.26 復員船(引き揚げ船)第1号の高砂丸がメレヨン島から1700人を乗せて別府港に帰港

9.27 天皇がマッカーサーを訪問

9.30 石川県七尾市で中国人400人が警察署を襲撃

10.4 GHQが政治的・民事的・宗教的自由制限の撤廃の「公民権指令」覚書

10.5 東久邇内閣が前日のGHQ覚書は実行できないとして総辞職。9日幣原喜重郎内閣成立、吉田茂外相留任

10.7 室戸丸、兵庫県沖で機雷に触れて沈没、死者・不明70人に

10.8 北海道夕張炭鉱で約6000人の朝鮮人が待遇改善を要求してスト

10.9 GHQが東京5紙に新聞事前検閲開始

10.10 政治犯約500人釈放

10.11 マッカーサー、幣原首相に、教育の自由主義化および人権確保など5大改革を指令

10.13 中国で蒋介石が国民党各部隊に内戦を密令、解放軍と各地で衝突

10.15 治安維持法など廃止

10.16 李承晩が米国から南朝鮮に帰国、のちに大韓独立促成国民会を結成

10.20 日本共産党機関紙「赤旗」再刊

10.22 モンゴル共和国で人民投票。25日独立確認

10.23 読売新聞争議。労組が業務管理。12月12日解決。各紙で民主化運動

10.24 国際連合発足

10.28 戦後初の野球試合として東京六大学OBの紅白試合が神宮球場で開催される

10.29 日本勧業銀行が1等10万円の第1回宝くじを発売

11.1 国連教育科学文化機関(ユネスコ)設立会議開催(~16日、ロンドン)。ユネスコ憲章採択

11.2 日本社会党結成。書記長・片山哲

11.4 東京大経済学部教授会が大内兵衛、矢内原忠雄ら7人の教授の復職を決定

11.6 GHQ、持株会社解体に関する覚書(財閥解体)

11.9 日本自由党結成。総裁・鳩山一郎

11.16 戦後初の大相撲が東京国技館で開幕。羽黒山優勝、双葉山は引退

11.16 日本進歩党結成。総裁・町田忠治

11.21 治安警察法を廃止

11.21 全国人口調査を発表。内地人口は7199万6477人

11.23 プロ野球の東西対抗試合が神宮球場で行われ、1年ぶりに復活

12.1 陸軍省・海軍省を復員省に改組

12.1 日本共産党、第4回大会開催。6日徳田球一書記長選出

12.6 GHQが近衛文麿、木戸幸一ら9人の逮捕を命令。16日近衛は服毒自殺(55歳)

12.6 東京で戦後初の洋画上映(米国「ユーコンの叫び」)

12.7 マニラの戦犯裁判で山下奉文元大将に死刑宣告(46年2月執行)

12.9 GHQが農地改革を指令

12.15 GHQが国家と神道の分離を指令

12.17 衆議院議員選挙法改正公布(大選挙区、連記制、女性に参政権など)

12.18 衆議院解散

12.18 日本協同党結成。委員長に山本実彦

12.22 労働組合法公布

12.27 ブレトン・ウッズ協定発効、国際通貨基金(IMF)、国際復興開発銀行(世界銀行=IBRD)の設置を決定

12.29 農地調整法改正公布(第1次農地改革実施の基準)。1946年4月全面施行

12.31 GHQが修身・地理歴史科の授業停止を指令

ついに終わりの始まりです。

第二次世界大戦はあえなく終戦を迎えましたが、これからが日本の始まりと言ってもよいでしょう。

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