湯川秀樹がノーベル物理学賞をもらった年 - 1949年(昭和24年)

湯川秀樹がノーベル物理学賞をもらった年 – 1949年(昭和24年)

湯川秀樹(ゆかわ・ひでき)理論物理学者でした。

湯川秀樹素粒子論を創設し、この年11月にノーベル物理学賞を、日本人として初めて受賞しました。敗戦後の日本人に自信を与え、日本の科学技術の発展への礎を築いたのです。

受賞対象になったのは、物質の基礎をなす原子核の中で、陽子と中性子を結びつける未知の粒子(中間子)の存在を予測した理論でした。現在の素粒子論の発端となったものです。

湯川が最初にこの理論に到達したのは戦前の1934年、大阪大で講師をしていた27歳のときでした。戦後、英国の物理学者の観測で、その存在が確かめられ、物理学の物質観が一変しました。

深夜ふとんの中で思考する習性があり、まくら元の机には、いつもノートと鉛筆が置かれていたと言います。中間子の存在も「ふとんの中のひらめき」でした。

48年、プリンストン高等研究所に招かれ渡米、翌年コロンビア大学教授になります。53年、帰国して京都大に新設された、基礎物理学研究所長に就任しました。

アインシュタインらの核廃絶活動に共鳴し、世界平和運動にも力を注ぎました。

東京都生まれ(1907~81年)。

1949年はどんな時代であったのか。

■社会/「母の日」登場。洋裁学校激増。ビアホール復活。ヒロポン流行。労働組合の組織率55.8%で戦後最高

■文化/三島由紀夫「仮面の告白」。木下順二「夕鶴」。川端康成「千羽鶴」

■流行歌/トンコ節。青い山脈。銀座カンカン娘。長崎の鐘。悲しき口笛

■映画/青い山脈。晩春。野良犬。哀愁。大いなる幻影

■流行語/筋金入り。つるし上げ。フジヤマのトビウオ。駅弁大学。ニコヨン。ギョッ。アジャパー。ワンマン。

1949年の主な出来事。

NATOと経済相互援助会議(コメコン)の結成がありました。

さらに東西ドイツの成立、中華人民共和国の誕生、ソ連の原爆保有によって、米ソ両極体制が確立しました。

国内では総選挙で民自党が多数を獲得して、第3次吉田茂内閣が誕生します。吉田内閣は均衡財政などを目指して「ドッジ・ライン」を実行に移し、次いで「シャウプ勧告」によって、税制改革も目指しました。

この間、下山・三鷹・松川という事件が起き、社会に不安をもたらし、左翼陣営に大きな打撃を与えたのです。

1949年(昭和24年)

1.1 マッカーサー司令官が日本国民に向けた元日のメッセージで、日の丸の掲揚を無制限に許可すると表明

1.1 インドとパキスタンがカシミール停戦を命令

1.3 NHKが「とんち教室」の放送開始

1.13 イスラエルとエジプトの代表が休戦交渉に入る。2月24日休戦協定に調印

1.15 初の「成人の日」

1.20 学術会議第1回総会

1.20 牧師・赤岩栄、共産党入党の決意を表明。7月30日教団特別委「信仰は基督教、実践は共産主義」の主張は認めずと決議

1.23 第24回総選挙(民自264、民主69、社会48、共産35、国民協同14)。官僚出身者(民自)が多数当選

1.23 最高裁判所裁判官、初の国民審査

1.25 ソ連・東欧5カ国がコメコンを設置したと発表

1.26 法隆寺金堂、漏電から火災。国宝の壁画12面焼失

1.31 全労連、世界労連に加入を認められる

2.12 東京証券取引所設立。15日大阪証券取引所設立

2.16 第3次吉田茂内閣成立。蔵相に池田勇人

2.20 秋田県能代市で大火、2040戸焼失

3.7 GHQ経済顧問ドッジ公使が経済安定政策を明示(竹馬経済からの脱却などのデフレ政策。ドッジ・ライン)

3.7 民主党分裂

3.7 河原崎長十郎ら前進座69人が共産党に入党

3.7 炭労が全労連を脱退。以後、私鉄総連、全鉱、全日通、国鉄労組、日教組と脱退が続く

3.8 フランスとベトナム(バオ・ダイ)がパリで協定に調印。バオ・ダイ政権の成立とそのフランス連合内独立を承認。6月14日ベトナム国家成立

3.15 外蒙ウランバートル捕虜抑留所での池田重善(自称・吉村隊長)による同胞酷使の事実が報道される。7月14日池田逮捕(暁に祈る事件)

3.19 新日本観光、都内遊覧はとバス富士号を運転開始

3.31 新潟県名立町に漂着した機雷を警官が沖に押し流そうとしたところ爆発、見物の63人が死亡

4.1 GHQ、ガリオア・エロア援助資金による見返資金特別勘定設置を指令

4.1 野菜の統制撤廃(市場でのせり売り再開)

4.4 団体等規正令公布(左翼団体にも構成員の届け出を義務づけ)

4.4 西側12カ国が北大西洋条約機構(NATO)を結成

4.14 オランダとインドネシアが国連インドネシア委の主催のもとで和平交渉開催

4.20 パリで第1回世界平和擁護者大会開催(~26日)。世界72カ国の平和団体の代表が参加。チェコのプラハの別会場でも同時に開催

4.23 GHQが1ドル=360円の単一為替レート設定を発表。25日実施

4.23 中国の人民解放軍が国民党支配下の南京に入城。5月27日上海占領

5.6 ドイツ連邦共和国(西独)成立。10月7日ドイツ民主共和国(東独)成立

5.7 飲食営業臨時規整法公布(料飲店再開)

5.11 シャムがタイ国と国号を改める

5.12 ソ連がベルリンの地上封鎖を解除

5.14 証券取引所再開

5.25 商工省と貿易庁が解体されて通商産業省(通産省)が発足

5.31 行政機関職員定員法公布(政府職員約28万・地方職員約16万人の行政整理)

5.31 新制国立大学69校設置

6.1 国家行政組織法施行。郵政省・地方自治庁・国鉄公社など設置

6.11 東京都が失業対策事業の日当を245円に決定(ニコヨンの呼称始まる)

6.18 独占禁止法改正公布(制限条件緩和、外資導入の道開く)

6.21 デラ台風、西日本を襲い、瀬戸内海定期船青葉丸沈没、死者137人

6.25 長野地検が松本税務署汚職事件を取材した朝日新聞記者を起訴。「ニュース源秘匿は新聞記者の不文律」と宣誓と証言を拒否したため

6.27 ソ連からの引き揚げ再開第1船高砂丸舞鶴入港。共産党集団入党が話題に

6.30 福島県平市で多数の労働者、市民らが共産党の掲示板撤去に反対して警官と衝突、警察署を占拠。約300人逮捕(平事件)

7.4 国鉄が定員法に基づく第1次人員整理(3万0700人)を発表

7.5 下山定則国鉄総裁が行方不明、6日東京都足立区内の常磐線線路上で轢死体で発見(下山事件)

7.5 東芝、4600人の人員整理を発表。26日東芝労連、鶴見・川口・府中でスト突入

7.12 国鉄、第2次人員整理(約6万3000人)の通告

7.15 東京の中央線三鷹駅で無人電車が暴走し、交番や民家を破壊、死傷20人(三鷹事件)

7.19 イールズGHQ民間情報教育局顧問が新潟大で共産主義教授を追放と講演

8.2 閣議、米価審議会設置を決定

8.3 蒋介石中国国民党総統がソウルを訪問。8日李承晩韓国大統領と共同声明、反共強化で一致

8.6 広島平和記念都市建設法公布

8.9 長崎国際文化都市建設法公布

8.11 郵政・電通両省が人員整理

8.15 ハンガリーが人民共和国を宣言

8.16 古橋広之進、ロサンゼルスの全米水上選手権で1500、800、400メートル自由形に世界新記録

8.17 東北本線金谷川―松川間で旅客列車の機関車が転覆、他の車両も大破、脱線、乗務員3人死亡(松川事件)。9月10日以降、共産党員、国鉄、東芝労組員らが逮捕され、12月1日までに赤松勝美ら20人起訴

8.26 シャウプ税制使節団が税制改革勧告案を発表(シャウプ勧告)

8.31 神奈川県茅ケ崎市に上陸したキティ台風で関東一円に豪雨。死者・行方不明140人

9.8 在日朝鮮人連盟など朝鮮人4団体、団体等規正令第4条の適用により解散

9.15 東京-大阪間に特急が復活。「へいわ号」

9.19 人事院、国家公務員の政治的行為を制限する人事院規則を制定

9.25 ソ連のタス通信が、ソ連の原爆保有を報道

10.1 中国共産党の毛沢東主席が中華人民共和国の誕生を宣言

10.1 琉球米軍政長官にシーツ少将就任(沖縄の恒久的な軍事基地化を狙う米国の統治が本格化)

10.12 米野球チーム、サンフランシスコ・シールズ(監督オドゥール)が戦後初めて来日

10.19 政府、教育基本法・学校教育法違反などを理由に朝連系朝鮮人学校93校に閉鎖、245校に改組を命令

10.20 日本戦没学生手記編集委員会、戦没学生の遺稿を集め「きけわだつみのこえ」として出版

10.29 ローガン西独合同輸出入機関理事長、東京商工会議所で対外貿易に関する意見発表(ローガン構想、貿易の自由化など勧告)

11.1 米国務省当局筋、対日講和条約につき検討中と言明(講和論争活発化)

11.1 道路交通取締法改正施行により対面交通実施(歩行者右側、車左側)

11.2 オランダとインドネシアがハーグ協定調印。1949年末までにインドネシア連邦共和国への無条件主権譲渡を決定

11.3 湯川秀樹、ノーベル物理学賞受賞。日本人として初の栄誉

11.3 作家の田中英光自殺(37歳)

11.24 金融業「光クラブ」を経営していた東大生・山崎晃嗣が自殺

11.26 太平洋野球連盟(パ・リーグ)結成。12月5日セントラル野球連盟(セ・リーグ)結成。プロ野球、2リーグに分裂

11.27 新聞の夕刊が復活

11.30 対共産圏輸出統制委員会(ココム)設立。1950年1月活動開始

12.1 お年玉つき年賀郵便はがき初発売

12.1 外国為替・外国貿易管理法公布

12.4 社会党中央執行委員会が「平和3原則」(全面講和・中立堅持・軍事基地反対)を決定

12.5 日本官公庁労働組合協議会(官公労=民同系)結成大会

12.7 国府が台北を首都にすると発表。10日蒋介石が台北に到着

12.10 全国産業別労働組合連合(新産別)結成大会

12.16 毛沢東主席がモスクワを訪問、スターリン・ソ連首相と会談

12.24 吉田首相、民主党連立派との合同実現を要望する所信を表明

12.27 インドネシア連邦共和国誕生。スカルノが大統領に就任。インドネシアはオランダ連合の連邦共和国となったが、西イリアンの帰属は未定

湯川秀樹らの活躍は、日本人の誇りを思い出させてくれました。

素晴らしい偉業だと言っても差し支えありません。科学ばかりか、日本の復興に大きく貢献したと言えるでしょう。

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