黒澤明という映画ブランド - 1951年(昭和26年)

黒澤明という映画ブランド – 1951年(昭和26年)

黒澤明(くろさわ・あきら)は、映画監督でした。

黒澤明この年9月、「羅生門」がベネチア国際映画コンクールでグランプリを受賞します。「日本人が持っていた卑屈感を捨てて、自信を持たなければならないことを痛感しました」と語りました。

日本映画が世界から注目されるきっかけとなり、敗戦後の国民に自信を与えました。このほか「生きる」「七人の侍」など映画史に残る名作、話題作を発表していきます。

国内だけではなく海外でも高い評価を得ました。

「世界のクロサワ」と呼ばれ、ジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグ、フランシス・F・コッポラら世界の次世代の巨匠たちにも大きな影響を与えたのです。

黒澤は旧制中学卒業後、画家を目指しましたが、1936年、PCL(後に東宝と合併)に入所します。43年に「姿三四郎」で監督デビューを飾りました。

戦後日本の映画黄金期とともに生きてきましたが、映画産業の斜陽に伴って次第に活動の場が狭まり、71年には自殺未遂騒ぎも起こしました。

しかし、復活して「影武者」や「乱」「夢」などを完成させたのです。

東京都生まれ(1910~98年)。

1951年はどんな時代であったのか。

■社会/死亡原因第1位は脳卒中(結核初めて2位に)。パチンコ全国に大流行

■文化/林芙美子「浮雲」。無着成恭「山びこ学校」。吉川英治「新・平家物語」。源氏鶏太「三等重役」。笠信太郎「ものの見方について」。波多野勤子「少年期」。マーク・ゲイン「ニッポン日記」。浅香光代・大江美智子ら女剣劇人気。国産LPレコード発売

■流行歌/高原の駅よさようなら。上海帰りのリル。雪山讃歌。ぼくは特急の機関士で

■映画/めし。カルメン故郷に帰る(初のオールカラー)。黄色いリボン

■流行語/PR。社用族。BG。逆コース。老兵は死なず。アナタハンの女王。

1951年の主な出来事。

サンフランシスコで、日本と米国など48カ国との間で講和条約が調印され、併せて日米間で安全保障条約が結ばれました。

この結果、日本は独立を回復することになりましたが、ソ連は講和条約に調印せず、中国は講和会議に招かれなかったことから、日本は西側陣営の一員として、米国の対共産圏世界戦略に組み込まれることになったのです。

国内的には第2次追放解除、独禁法・労働法の改正が決まるなど、「逆コース」への方向転換がより鮮明になってきました。

1951年(昭和26年)

1.1 北朝鮮軍・中国軍が38度線を突破して南下。4日国連軍がソウルから撤退、北朝鮮軍・中国軍がソウル入城、韓国政府は釜山へ移転

1.3 NHKが「第1回紅白歌合戦」を放送

1.3 歌舞伎座復興開場式

1.15 約90団体で全面講和愛国運動全国協議会を結成

1.19 社会党大会で全面講和・中立堅持・軍事基地提供反対の「平和3原則」を決議(委員長に鈴木茂三郎)

1.24 山口県麻郷村八海で夫婦が殺される。5人が起訴され、単独犯か否かで最高裁まで争われる(八海事件)

1.25 朝鮮戦争で国連軍が再反撃を開始。3月7日ソウルを再奪回。4月3日再び「38度線」を突破して北進

1.25 米ダレス講和特使来日。ダレス・吉田茂会談

2.2 ダレス特使が集団安全保障・米軍駐留の対日講和方針を表明

2.10 社会民主党結成(委員長・平野力三)

2.14 東京に猛吹雪、積雪30センチ

2.21 世界平和評議会が第1回総会をベルリンで開催(~26日)。朝鮮戦争の終結と日独の再軍備反対を決議。米・ソ・中・英・仏5カ国による平和協定の締結を要求し、「ベルリン・アピール」を発表
→10.15

2.23 東京・築地の中華料理店「八宝亭」で店主ら一家4人が殺される。3月11日犯人の店員自殺

2.23 共産党主流派、4全協で武力闘争方針を提起

3.3 インドシナ民族統一戦線がベトミン(ベトナム)、クメール・イサクラ(カンボジア)、パテト・ラオ(ラオス)によって結成される

3.4 第1回アジア大会がインドのニューデリーで開幕。女子陸上は9種目に優勝

3.9 三原山が大爆発

3.10 総評第2回大会で平和4原則(再軍備反対・全面講和・中立堅持・軍事基地反対)を採択。事務局長高野実

3.13 作家の原民喜が自殺

3.15 イラン国民会議が石油国有化法案を可決

3.20 日本生活協同組合(生協)連合会結成

3.24 マッカーサー、中国本土攻撃も辞せずとの声明

3.26 「ストックホルム・アピール」署名、日本で640万に達する

3.28 総同盟解散大会

3.29 衆議院で共産党・川上貫一議員の除名を議決

3.29 次官会議、メーデーに皇居前広場の使用禁止決定

4.1 琉球臨時中央政府を設立

4.1 東京・銀座に106本の街灯がよみがえる

4.5 500円札(岩倉具視の像入り)発行

4.11 朝鮮戦争をめぐる大統領との意見対立から、マッカーサーがGHQ最高司令官、国連軍最高司令官を解任される。後任にリッジウェイ中将

4.18 西欧6カ国がヨーロッパ復興計画(マーシャル・プラン)に基づく欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)条約に調印

4.20 第55回ボストン・マラソンで田中茂樹が優勝

4.20 日本開発銀行設立(復興金融金庫廃止)

4.24 京浜東北線桜木町駅で63型国電火災。ドアが開かず乗客107人焼死(桜木町事件)

4.27 GHQ最高司令官リッジウェイ、メーデーに皇居前広場使用禁止の政府措置を支持

4.30 日本初のLPレコードが発売

5.1 リッジウェイが占領下の諸法令の再検討を許可。6日政令諮問委員会設置

5.1 電力再編成による9電力会社発足

5.1 戦後初の分散メーデー(第22回)。皇居前広場使用不許可のため

5.1 イランで石油国有化法に基づき、アングロ・イラニアン石油会社の接収を開始。8月2日英政府が国有化の原則承認をイラン政府に通告

5.3 創価学会会長に戸田城聖が就任、折伏大行進始まる

5.5 児童憲章制定を宣言

5.23 中国とチベット地方政府がチベット問題の平和的解決方式に関する取り決めに調印

5.28 日本青年団協議会結成

6.1 大阪市に初のワンマンカーが登場

6.7 株式会社日本信販創立(初の消費者信用販売会社)

6.8 住民登録法公布

6.20 第1次追放解除、三木武吉・石橋湛山ら政財界の2958人

6.21 日本が国際労働機関(ILO)復帰・ユネスコ加盟

6.23 政府が新経済政策を発表(インフレ抑制・日米経済協力推進・経済規模の拡大・生活水準向上)

6.23 マリク・ソ連国連代表が朝鮮停戦交渉を提案。米国務省は共産側に誠意あれば応諾と声明

6.30 東京都教委、足立区に夜間中学設置を認可

6.30 制限会社令廃止令公布

7.4 甲子園で第1回プロ野球オールスターゲーム

7.6 アナタハン島で敗戦を知らずにいた日本兵と「女王」比嘉和子が帰国

7.10 朝鮮休戦会談開始(開城)

7.11 GHQが持株会社整理委員会解散(財閥解体完了)

7.11 ダレス特使が日米安保条約を対日講和条約と同時締結との意向を表明

7.20 日本民間放送連盟結成

7.31 日本航空設立。10月25日国内民間航空就航開始

8.4 奄美大島の島民約8000人が名瀬小で日本復帰を要求し、24時間の断食

8.6 第2次追放解除を発表(鳩山一郎、緒方竹虎ら1万3904人)

8.6 峠三吉、「原爆詩集」を出す

8.16 政府、講和条約最終草案の全文を発表

8.16 吉田首相、臨時国会で講和後の米軍駐留は日本から希望と報告

8.28 フルブライト法に基づく日米教育交換計画に調印(1952年7月に第1回留学生渡米)

8.30 米・フィリピン相互防衛条約に調印

9.1 総評などの平和推進国民会議が単独講和反対国民大会を靖国神社で開催

9.1 民間ラジオ放送開始、中部日本放送・新日本放送

9.1 米・オーストラリア・ニュージーランド3国が太平洋安全保障条約(ANZUS)に調印

9.4 最高検、共産党臨時中央指導部員と同党首脳部18人に逮捕状(政令325号・団体等規正令違反容疑)

9.4 サンフランシスコ講和会議開催(~8日)、52カ国参加。5日グロムイコ・ソ連全権が条約修正案を提出、中国代表参加を要求するがアチソン米全権拒否。8日ソ連など3国を除く48カ国と日本の間で対日平和条約調印

9.8 日米安全保障条約調印

9.8 政府、GHQの承認を得て旧特高警察関係者336人の追放解除を発表

9.14 黒澤明監督の「羅生門」がベネチア国際映画コンクールでグランプリ(大賞)を受賞

9.15 初の「としよりの日」(1966年、「敬老の日」となり祝日に)

9.26 米価審議会、米価算定で所得パリティ方式採用を政府に答申(都市と農村の所得均衡を図るための措置)

10.1 朝日、毎日、読売などが朝・夕刊組み合わせ(ワンセット)発行を再開

10.2 朝日新聞が「ひととき」欄を新設(女性の投書欄)

10.2 長田新編「原爆の子」(岩波書店)発行

10.4 出入国管理令・入国管理庁設置令公布

10.8 エジプト政府が1936年の対英条約を破棄、スーダンでの主権を宣言、関係法案を議会に提出。9日英外相が反対。17日スエズ運河地帯でエジプト・英両軍が衝突

10.14 ルース台風が九州に上陸、死者・行方不明約1200人

10.15 「ベルリン・アピール」の支持署名が世界で5億5000万人、日本で570万人に達する

10.16 共産党主流派が第5回全国協議会、新綱領(1951年綱領)を採択。武装闘争方針の具体化はじまる

10.22 NATO理事会がトルコ、ギリシャの加盟協定に調印

10.23 社会党臨時大会。24日対日平和・日米安保両条約をめぐり左派(委員長・鈴木茂三郎)と右派(書記長・浅沼稲次郎)に分裂

10.25 英総選挙で保守党勝利。27日チャーチル内閣が成立

10.26 衆院、講和・安保両条約を承認

11.3 国鉄自動車南予線卯之町で、旅客持ち込みのフィルムが引火、死者32人

11.10 日教組が第1回全国教育研究大会(教研集会)開催

11.12 京都大学生自治会が天皇来学に際して、再軍備問題公開質問状提出をはかる

11.18 参院、講和・安保両条約を承認

12.1 中国人民解放軍がチベットのラサに進駐

12.6 パリで国際柔道連盟が結成され、嘉納履正が会長に

12.18 全三越従業員組合が解雇に反対、日本橋など3店でデパート業界初の48時間スト

12.19 京都市交通労組が賃上げで非合法の地方公務員ストを実施

12.20 大山郁夫、スターリン平和賞受賞

12.27 法隆寺の金堂壁画の模写が完成

12.30 マーシャル・プラン終了、約120億ドルを支出

独立への道しるべはできましたが、日本はまだまだ自立できるような状況ではありませんでした。

しかし驚くべき速さで、再建への道を突き進みます。

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