ヘレンケラーは三重苦に打ち勝った女性 - 1955年(昭和30年)

ヘレンケラーは三重苦に打ち勝った女性 – 1955年(昭和30年)

ヘレンケラーは米著述家であり、社会事業家でした。

ヘレンケラー目が見えない、耳が聞こえない、口がきけない「三重苦」を克服し、障害者の人権が認められる世界を切り開いた人です。

この年5月に来日しました。1937年以来、3度来日しています。ヘレン・ケラー協会が設立されるなど、戦後日本の障害者福祉の発展に大きな影響を与えました。

ヘレンケラーは生後19カ月で熱病にかかり、視力・聴力を失います。言葉や理性を身につけることができずに、すぐに暴力をふるう手のつけられない子どもに育ちました。しかし1887年から家庭教師アン・サリバンの根気強い教えによって、話すことを覚えたのです。

その後、大学に進み、在学中に著した自伝で、その存在が知られるようになりました。障害者を見せ物にする風潮を逆に利用し、軽業師や動物たちと一緒に見せ物の舞台に立ったりもしたのです。

自分の生き方を示すことで、障害者に希望を与え、障害者に対する偏見をぬぐい去りました。87歳で亡くなるまで、盲人の待遇改善運動に取り組んだのです。

米アラバマ州生まれ(1880~1968年)。

19551年はどんな時代であったのか。

■社会/トヨペット・クラウン発表。Aライン・Yライン(婦人服)。マンボスタイル、ポロシャツ流行。東芝が電気釜を発売し家庭電化時代へ

■文化/正木ひろし「裁判官」。平凡社「世界大百科事典」。新村出編「広辞苑」。諸橋轍次「大漢和辞典」

■流行歌/この世の花。りんどう峠。月がとっても青いから。しあわせの歌。別れの一本杉

■映画/浮雲。野菊の如き君なりき。ここに泉あり。エデンの東。暴力教室

■流行語/ノイローゼ。ボディービル。

1955年の主な出来事。

総選挙で左右両派社会党が3分の1を超え、改憲阻止の目標を達成しえたことは、保守陣営に衝撃を与えました。これに勢いを得て、両派の統一工作が進み、日本社会党の統一が実現したのです。

保守の側も合同のための協議が進んで、自由民主党の結成に成功します。初めての単一保守政党が生まれました。こうして、「55年体制」がスタートしたのです。

共産党も内部対立に終止符を打って再建に乗り出しました。国際的には、4国巨頭会談が開かれるなど、緊張緩和に向かったのです。

1955年(昭和30年)

1.1 共産党が「アカハタ」で極左冒険主義を自己批判

1.1 米がインドシナ3国(南ベトナム、カンボジア、ラオス)へ直接援助開始

1.17 ウィーンで世界平和評議会執行局会議開催。19日原子戦争の準備に反対するウィーン・アピールを発表

1.21 改造社が編集部員全員を解雇、雑誌「改造」は2月号で休刊に

1.24 衆議院解散

1.25 ドムニツキー元在日ソ連代表部首席が鳩山首相に日ソ国交正常化を文書で申し入れ。2月4日政府は応諾を決定

1.27 文化財保護法改正による重要無形文化財の第1次指定に能の喜多六平太ら30人が決定

1.28 炭労・私鉄・電産など民間6単産が春季賃上げ共闘会議結成。3月27日第1波スト(以後の春闘共闘方式の始まり)

2.4 静岡県の秋葉ダムでダイナマイトが爆発、土砂崩れで19人死亡

2.8 マレンコフ・ソ連首相辞任、後任にブルガーニン元帥

2.14 日本生産性本部発足

2.17 英が水爆製造開始を発表

2.17 横浜市の聖母の園養老院で火災、96人焼死

2.19 日本ジャーナリスト会議創立(議長・吉野源三郎)

2.27 第27回総選挙(民主185、自由112、左社89、右社67、労農4、諸派2、無所属6、共産2)。両社で議席3分の1(憲法改正阻止目標)を獲得

2.27 米軍北富士演習場で演習場拡大反対の地元民の座り込みを無視して射撃演習を開始

3.1 米軍と調達庁、妙義山米軍演習場予定地での演習中止を発表

3.14 防衛庁が防衛6カ年計画案を決定

3.16 フランスが原爆製造開始を発表

3.18 ガダルカナルなど南太平洋の遺骨5889体と元日本兵4人を乗せた「大成丸」が横浜港に着く

3.19 第2次鳩山一郎内閣成立。外相に重光葵

4.1 ハナ肇、植木等、谷啓ら「クレージーキャッツ」を結成

4.5 チャーチル英首相辞任。7日イーデン内閣成立

4.6 最高裁が帝銀事件の平沢貞通被告に上告棄却の判決、死刑が確定

4.14 NHKテレビが「私の秘密」の放映開始

4.16 佐世保炭鉱で豪雨のためボタ山が崩れ数十世帯が埋没、68人が死亡

4.18 アジア・アフリカ(AA)会議開催(~24日、バンドン)。29カ国参加、平和10原則を発表

4.19 防衛分担金削減に関する日米交渉妥結

4.30 南ベトナムでクーデター。南ベトナム革命委がバオ・ダイ主席の解任を決定

5.5 第1回東京国際見本市開く

5.11 宇高連絡船紫雲丸が貨物船と衝突して沈没、死者168人

5.14 ソ連・東欧8カ国が友好相互援助条約調印(ワルシャワ条約機構結成)

5.26 ブルガーニン・ソ連首相とフルシチョフ第1書記がユーゴ訪問。6月2日共同宣言で国交正常化を発表

5.26 田中耕太郎最高裁長官、松川事件裁判批判を非難、「外部の雑音に迷うな」と裁判所長官合同会議で訓示

5.26 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)結成

5.28 ヘレン・ケラー来日

5.31 重光外相、米大使と日米余剰農産物買付協定調印

6.1 日ソ交渉開始(ロンドン)。7日松本俊一・マリク駐英大使正式会談開始。北方領土問題で対立

6.1 初のアルミ貨(1円)を発行

6.1 欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)特別閣僚会議開催。共同市場創設、原子力平和利用の総合計画などに合意

6.7 第1回日本母親大会が東京で開かれる

6.22 三鷹事件、最高裁で上告棄却判決(竹内景助被告死刑・11被告の無罪確定)

6.22 ヘルシンキ世界平和集会開く(~29日)。68カ国から1881人が参加、4大国首脳会談を要求するアピールを発表

6.23 全国軍事基地反対連絡会議結成

7.9 バートランド・ラッセル、アインシュタインら世界の科学者・知識人が原子戦争の危険を訴える宣言を発表(ラッセル・アインシュタイン宣言)

7.15 タレントのトニー谷の長男が誘拐される。21日犯人逮捕

7.17 国民文化会議創立(議長、上原専禄)

7.18 米英仏ソ4国巨頭会談開催(ジュネーブ)

7.20 経済企画庁発足(経済審議庁改称)

7.24 東京・砂川町民大会で米軍立川基地拡張反対を決議。9月13日強制測量開始、農民・支援の労組・学生と警官隊衝突(砂川闘争開始)

7.25 日本住宅公団設立

7.26 総評第6回大会。高野実に代わり岩井章(国労)が事務局長になり、太田薫(合化労連)・岩井が指導権掌握

7.28 三重県津市の海岸で水泳講習中に高波にさらわれた女生徒36人が死亡

7.29 自動車損害賠償保障法公布(強制保険制始まる)

7.29 共産党、第6回全国協議会で極左冒険主義の自己批判と再出発のための新方針を発表。徳田球一書記長の死亡も発表。8月11日、6全協記念講演会に潜行中の野坂参三らが姿を現し、逮捕される

8.1 第1回米中大使級会談開く

8.2 閣議、防衛閣僚懇談会設置を決定

8.6 第1回原水爆禁止世界大会を広島で開催。海外から3国際組織・14カ国の代表が参加

8.7 東京通信工業(現ソニー)がトランジスタラジオを発売

8.8 長崎平和祈念像(北村西望作)の除幕式

8.10 石炭鉱業合理化臨時措置法公布

8.15 原水爆禁止署名が3238万人に達する

8.23 民主党の「うれうべき教科書」第1集が配布され、問題化

8.24 森永粉ミルクのヒ素中毒で幼児5人死亡、約140人発病(11月末患者数1万0858人・死亡79人)

8.27 部落解放全国委員会、部落解放同盟と改称(委員長・松本治一郎)

8.28 全米テニス選手権で加茂公成・宮城淳組が日本人として初優勝

8.29 日米ワシントン会談(重光・ダレス)。31日共同声明。安保条約双務化・米軍撤退計画作成・防衛分担金漸減など

9.4 中国と国府が金門島と厦門地域で砲撃戦を展開

9.10 日本の関税貿易一般協定(ガット)加入が正式に発効

9.13 ソ連と西ドイツ首脳が共同コミュニケで国交樹立を宣言

9.16 山形県大高根射撃場拡張のための強制測量が警官隊の応援で行われ、70人余が重軽傷

10.1 新潟市の県庁分館から出火、台風通過にともなうフェーン現象の強風にあおられ、1000戸焼失

10.1 第8回国勢調査実施、人口8927万5529人、東京都は803万7084人

10.13 左右両派社会党統一、日本社会党に(委員長・鈴木茂三郎、書記長・浅沼稲次郎)

10.15 農林省が55年産米予想収穫高を発表。水稲7698万6000石、陸稲204万8220石で前年より1230万増の大豊作

10.18 長崎県大村湾口に西海橋開通(216メートル)

10.20 全繊同盟の綿紡大手10社が賃上げで無期限スト突入(「闘わざる全繊」の俗称を返上)。11月2日妥結

10.26 南ベトナム共和国樹立宣言、ゴ・ジン・ジエムが大統領就任

10.28 生化学者オパーリン来日

11.1 北海道の雄別炭鉱茂尻鉱業所でガス爆発、60人死亡

11.3 千葉県船橋市に初のヘルスセンター開場

11.11 世界平和アピール7人委員会(下中弥三郎、湯川秀樹、茅誠司、植村環ら)発足

11.14 日米原子力協定、ワシントンで調印

11.15 自由党と民主党が解党し、自由民主党結成(1956年4月、総裁に鳩山一郎決定)。保守合同が実現

11.16 遠山茂樹、今井清一、藤原彰の「昭和史」刊行(現代史の書き方をめぐって論争が起きる)

11.21 第2次鳩山内閣総辞職。22日第3次鳩山一郎内閣成立

11.- 理研光学工業が事務用複写機リコピー101型の量産開始

12.3 奄美大島の名瀬で大火、90戸が焼失

12.13 ソ連と国府が18カ国国連加盟案に拒否権行使、日本とモンゴルの加盟が拒否される

12.19 原子力基本法・原子力委員会設置法公布(1956年1月1日、委員会発足)

12.20 うたごえ運動の指導者・関鑑子がスターリン平和賞受賞

12.- 年末の外貨保有高14億2000万ドル、輸出額20億1000万ドル(ともに戦後最高、輸出入の不均衡の大幅改善)

世にいう55年体制が始まった年でした。

日本の土台が出来つつありましたが、それは今から思えばいびつな構造だったのかもしれません。

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