池田勇人が首相を辞任した年 - 1964年(昭和39年)

池田勇人が首相を辞任した年 – 1964年(昭和39年)

池田勇人(いけだ・はやと)は政治家でした。

池田勇人「所得倍増」を唱え、高度経済成長路線で「経済大国・日本」のきっかけをつくりました。

池田勇人はがんに見舞われて、この年11月に首相を辞任します。戦後の空白期、吉田茂や石橋湛山の知遇を得て、大蔵省主税局長から次官、蔵相へと、とんとん拍子に出世しました。

1949年、1年生代議士ながら第3次吉田内閣の蔵相に抜擢され、ドッジ・ラインによる財政政策を強力に推し進めて戦後資本主義復興の基礎を築いたのです。

サンフランシスコ講和会議では全権委員を務め、第4次吉田内閣の通産相を任されます。佐藤栄作とともに「吉田学校の優等生」といわれ、党内に勢力を伸ばしました。

このころは強気の姿勢が目立ち、「貧乏人は麦を食え」をはじめ、「ヤミその他の正常ならざることで倒産し、自殺があっても気の毒だがやむを得ない」と放言し、通産相辞任に追い込まれました。

それが、60年に首相に就くと、安保で対立した岸政権から一転して「寛容と忍耐」を掲げ、低姿勢に徹します。総裁選では買収金やポストの約束による票のかき集めが半ば公然と行われ、自民党の「金権・腐敗体質」を急速に広めました。

広島県生まれ(1899~1965年)。

1964年はどんな時代であったのか。

■社会/無線タクシー登場。切手ブーム。マンションブーム。カギっ子。銀座に「みゆき族」。働く女性の呼称がBGからOLへ。ノースリーブ流行

■文化/北杜夫「楡家の人びと」。大江健三郎「個人的な体験」。柴田翔「されどわれらが日々」。三浦綾子「氷点」(朝日新聞社の1000万円懸賞小説当選作)

■流行歌/東京五輪音頭。お座敷小唄。アンコ椿は恋の花。柔

■映画/赤い殺意。砂の女。怪談。かくも長き不在

■流行語/おれについてこい。ウルトラC。東京サバク。トップレス。シェー。

1964年の主な出来事。

日本はIMF8条国に移行、OECDにも加盟し、開放経済体制に入りました。

10月には東海道新幹線が開業し、アジアで初めてのオリンピックが東京で開かれたのです。「日本は完全に戦禍から復興した」との意識が広がりました。

池田首相は病気で辞任し、第1次佐藤栄作内閣が発足します。

国際的にはトンキン湾事件が発生、米軍はこれを口実に北ベトナムを報復爆撃し、ベトナム戦争はエスカレーションの一途をたどったのです。ソ連ではブレジネフが実権を握りました。

1964年(昭和39年)

1.3 5人連続殺人の西口彰を熊本県玉名温泉で逮捕

1.26 F104D配備・原潜寄港反対集会が横田・板付両基地周辺で開かれる

1.27 中国とフランスが外交関係の樹立を発表

1.27 厚生省が、たばこによる肺がん問題を話し合う初めての専門家会議を開く

1.30 南ベトナムで第2次軍事クーデター。新軍事革命委員会議長にグエン・カーン将軍就任

2.15 ILO理事会、87号条約批准問題で対日実情調査団派遣の提案を採択

2.23 吉田茂元首相、台湾を訪問
5.30

2.26 東京地検が機密書類で大日本印刷を脅した白系ロシア人ら3人を逮捕(初の産業スパイ事件)

2.27 大分空港で富士航空機が着陸に失敗して墜落、死者20人

3.5 戒能通孝・都立大教授が小繋事件(山林の入会権をめぐり、岩手県一戸町の農民らが55年に森林法違反などに問われた事件)弁護のため辞表提出

3.11 狭山事件で浦和地裁が石川一雄被告に暴行・殺人罪で死刑判決

3.23 第1回国連貿易開発会議開催(ジュネーブ)

3.24 ライシャワー駐日大使が米大使館前で少年に刺され負傷(輸血から血清肝炎にかかり、売血の「黄色い血」が問題に)

3.25 初の対米テレビ宇宙中継送信実験に成功

3.31 産業構造審議会令公布

4.1 日本がIMF8条国に移行。28日OECDに正式加盟(開放経済体制へ)

4.1 海外渡航自由化(1人年間500ドルの制限付きで)

4.1 NETテレビ(現在のテレビ朝日)が「木島則夫モーニングショー」を開始(モーニングショーの草分け)

4.2 総評が臨時大会で公労協を主力に4・17半日ストの方針を確認

4.5 東京都町田市の商店街に米軍ジェット機が墜落、4人死亡

4.7 まぐろ漁船第8共和丸が神津島沖で転覆、23人が死亡

4.8 共産党、4・17の公労協ストに反対声明、各地労組に闘争方針をめぐり対立起こる

4.8 ミロのビーナス展が上野の国立西洋美術館で開幕。期間中83万人が訪れた

4.16 総評の太田薫議長らが池田勇人首相と会談。妥協が成立して公労協の4・17スト中止

4.19 自民党代議士松村謙三、中日友好協会会長廖承志と新聞記者交換・LT貿易連絡事務所設置で合意。9月29日記者交換による記者が北京と東京に相互入国

4.19 ラオスで右派軍のクーデター発生、プーマ連合政府を打倒し軍事革命委員会設置。23日軍事革命委、右派閣僚増員を条件にプーマ政府の存続承認。5月13日右派・中立派、統合司令部を設けて左派(パテト・ラオ)に対抗

4.25 第1回戦没者叙勲発表

4.28 第1回生存者叙勲発表

5.15 衆院、部分的核実験禁止条約を承認。25日参院も承認

5.16 国際金属労連日本協議会結成

5.17 慶応大の渡辺泰輔投手が六大学野球史上初の完全試合

5.21 共産党が、党の決定に反し部分的核実験禁止条約を支持した志賀義雄・鈴木市蔵を除名。7月1日志賀らは「日本のこえ同志会」を結成(9月以後、神山茂夫・中野重治・佐多稲子ら12人も除名)

5.27 ネール・インド首相死去(74歳)

5.30 吉田茂元首相が台湾に、対中国プラント輸出で輸出入銀行資金を年内は使わないと約束(吉田書簡)

5.30 東京地裁、三無事件に破壊活動防止法を初めて適用し、有罪判決

6.1 三菱系3重工が合併して三菱重工業発足(企業の集中・合併盛ん)

6.1 ビール・酒類、25年ぶりに自由価格に

6.2 韓国・ソウルの大学生が朴正煕政権退陣要求のデモ、政府が弾圧措置。5日金鍾泌民主共和党議長辞任

6.11 昭和電工川崎工場で爆発事故。死者18人(産業事故続発し、問題化)

6.11 政府・自民党、農地報償に1456億円の交付公債支給を決定

6.16 新潟地震(M7.5)。死者26人、全壊全焼2250戸。山形・秋田にも被害

6.17 自民党、参議院法務委員会で暴力行為処罰法改正案を強行採決(20日、自民・社会両党の妥協で成立、24日公布、7月14日施行)

6.19 太平洋横断の日米海底ケーブル開通

6.23 熊本県小国町の下筌ダム建設反対派の「蜂ノ巣城」を8年目で強制撤去

7.3 工業整備特別地域整備促進法公布

7.3 憲法調査会が最終報告書を提出(改憲論・不要論を論拠つきで併記)

7.9 林業基本法公布

7.11 電気事業法公布

7.14 東京・品川の宝組化学品倉庫で連続爆発、消防士19人殉職

7.19 共産党中央委、4・17ストに反対したのは誤りと自己批判

8.2 米国防総省、米駆逐艦がトンキン湾で北ベトナム魚雷艇に攻撃されたと発表(トンキン湾事件)。4日米機が北ベトナム基地4カ所を報復爆撃。7日米上下両院が大統領に戦時権限を付与(米軍のベトナム介入開始)

8.6 東京で異常渇水のため水不足深刻化(初の1日15時間断水)

8.10 社会党・共産党・総評など137団体、ベトナム戦争反対集会を開く

8.11 閣議、南ベトナムへの緊急援助として医薬品など50万ドルを決定。10月27日第2次援助100万ドルを決定

8.16 南ベトナム首相グエン・カーンが大統領に就任、独裁権握る

8.18 政府、韓国に2000万ドルの原材料・機械部品の延べ払い輸出を決定

8.26 原子力委員会が米原潜寄港は安全に支障なしと発表。28日政府は寄港受諾

9.2 政府がサブロック積載原潜の寄港は事前協議の対象になるとの統一見解

9.2 マレーシア政府が、マレー半島にインドネシア部隊降下と発表。マレーシアが非常事態宣言

9.5 国立屋内総合体育館(東京・代々木、丹下健三ら設計)落成式

9.13 沼津市で石油コンビナート進出に反対する住民2万人が総決起大会。9月30日市議会が誘致反対を決議

9.14 富山市の富山化学工業から塩素ガスが流出、住民ら531人が中毒

9.17 東京の浜松町―羽田間でモノレール開業(初の営業モノレール)

9.23 横須賀市で7万人が参加して米原潜寄港反対集会。佐世保市でも1万人が反対集会

9.23 プロ野球・巨人軍の王貞治が本塁打55本の日本新記録

9.28 東京地裁が三島由紀夫の小説「宴のあと」のプライバシー侵害を認める判決
→1966.11.28

10.1 東海道新幹線開業(工期5年半)

10.2 オリンピック記念1000円銀貨を発売

10.10 第18回オリンピック大会開催(~24日、東京)、参加は94カ国・5541人(政府援助費約1兆円)。日本は三宅義信(重量挙げ)、遠藤幸雄(体操)、桜井孝雄(ボクシング)、女子バレーなど16個の金メダル

10.15 ソ連、フルシチョフ首相兼第1書記解任、後任にコスイギン首相・ブレジネフ第1書記任命

10.15 英国の総選挙で労働党が13年ぶりに勝利。ウィルソン内閣成立

10.16 中国が第1回原爆実験に成功。17日日本政府が抗議の談話を発表、社会・民社・公明・総評も抗議声明、共産党の宮本顕治書記長は「やむをえない自衛手段」との見解発表

11.3 米大統領選で民主党のジョンソンが当選

11.4 南ベトナムのグエン・カーン、3軍総司令官に

11.8 パラリンピック(国際身体障害者スポーツ大会)東京大会開幕

11.9 池田内閣総辞職(首相の病気による辞任)。第1次佐藤栄作内閣成立(前閣僚再任)

11.10 総同盟・全労解散大会。12日全官公を含め全日本労働総同盟(同盟)結成

11.12 米原潜シードラゴン号が佐世保に入港。13日反対デモ、警官隊と衝突。14日出港

11.13 閣議、生鮮食品値上がり抑制緊急対策のための閣僚懇談会設置を了承

11.15 シンザンがさつき賞、ダービーに続き菊花賞も制し、23年ぶりの3冠馬となる

11.17 公明党結成大会(委員長・原島宏治)

12.3 第7次日韓会談開始

12.17 日銀総裁に宇佐美洵(三菱銀行頭取)就任。戦後初の民間経済人総裁

いよいよ日本の経済が離陸していきます。

これからの日本の行く末は大いなる復興であるばかりか、日本独自の文化の隆盛ももたらします。しかしそこには数々の迷走もあったのですが。

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ただしこれらの方法は、本格的なものです。それゆえに原稿も長く、たとえ読むだけにしても、結構、時間がかかります。そのかわり、見返りも大きいわけですが。

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